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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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ビッグミリオン

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 九日 明け方


「おいおい、あっという間に九日になっちまったな。早いもんだ」
 あつしが運転する白いバンは夜の国道を疾走していた。
「そうね、ウイルス騒ぎさえ無ければ、朝の飛行機で日本に帰って、余裕でミッションクリアしていたわね。まあ、どっちにしてもその道は選ばないけれど」
 複雑な表情で助手席のリンダが答える。
「その角を左だ。信号はそこのモーテルから出ている」
 リーマンの指示に従い駐車場に車を乗り入れると、赤いミニクーパーが一台ちょこんと停まっていた。
「あいつら頭がいいかと思ったら、あの女の盗聴器にまだ気づいていないとはな」
 くっくっくと笑いながら、あつしはモーテルの目立たない駐車スペースにバンを停める。
「なにか……おかしいな。電波はあの車から出ている事は間違いない。だが、見たところ誰も乗っていないようだ」
 明け方の薄暗い時間だ。目をこらすリーマンの顔がだんだん厳しくなっていく。
「やられたっ! あいつらたぶん車を乗り換えてるぞ。ちょっと見てくるからここにいてくれ」
 ミニクーパーまで注意深く近づいて中を確認したリーマンが、靴音を消しながら戻ってくる。
「やはり誰もいない。盗聴器をつけた服だけが後部座席に脱ぎ捨てられている」
「なんだよ、バレてたのか。じゃあ、車中の会話も全てフェイクだったってことだな」
 あつしは少し感心したように眉間を揉むと、運転席にふんぞり返った。
「の、ようだな。しかし、逃げるのに夢中だったとは考えられる。たぶん病院までの会話は本物だったと思う。とりあえず輸血をした病院を探してみよう」
 後部座席のモヒカンはすでにいびきをかいている。その隣で耳をふさぐ格好をしながらゴリラは顔をしかめていた。
「いい気なもんだな。まあ、金を握ってるのはソイツだから文句は言わねえよ」
 あつしは煙草に火を点け横にくわえると、ギアをドライブに叩き込む。そして元来た道に向けて乱暴に発進した。
「あいつら、たぶん病院に向かったね」
 モーテルの角の部屋から、俺と紫苑は一部始終を見ていた。
「薄暗くてよく顔は見えなかったが、あいつらはCIAじゃないな。たぶんリーマンとその一味だ。CIAなら問答無用でまっすぐここに来るはずだ。もっとも〈これ〉さえあれば当面は大丈夫だが」
 俺はアーノルドから借りっぱなしのジャミング装置をそっと撫でた。これがあるうちは、CIAの追跡からしばらくは時間が稼げるだろう。
「ところであずさは?」
 紫苑が顎で奥を示した。軽いいびきをかきながら、あずさは爆睡している。服を一枚脱いでしまったので寒いらしく、毛布を頭からつま先まで被っていた。
「さて、これからどうするかだよね。とりあえず金は無いけど、取り引きの可能性は十分にある」
「何を材料に?」
 紫苑の取り引きという言葉に、違和感を感じて俺はすぐに聞き返す。
「俺の――血だよ。正確には『万能ワクチン』と言うべきだね」
「まあ確かに、その存在を知っている者がいたら、喉から手が出るほど欲しいだろうな。だが、複製が難しいワクチンって聞いただろ? 複製が出来なければ、おまえの血はどんどん抜かれていく事になる。さっきはあずさだから俺は許したんだ。おまえの命を犠牲にしてまで、取り引きはしたくないよ」
 その言葉を聞いて紫苑の顔が曇った。
「もし謙介さんも俺と同じ血液型だったら、あの時、気絶させてでもリーダーに輸血したよ」
「ありがとう。その気持ちは本当に嬉しいし、もし立場が逆だったら俺も同じセリフを言いそうだ」
 こいつの真剣な瞳を見ると嘘を言っているようには見えない。俺は初めて心から紫苑に頭を下げた。
「あと……もしさ、俺の血が無くなりそうで干からびても、母さんにも輸血してやりたいんだ。実は母さんも俺と同じ血液型なんだよ」
 遠い日本の母を思い出しているのか、紫苑の瞳はとても寂しく、悲しそうだ。
「あたしも紫苑のお母さんに輸血する!」
 振り向くと、あずさがむくりとベッドに起き上がっていた。今までの会話を聞いていたのだろうか、真剣な眼で俺たちを交互に見ている。
「あたしの血にも既にワクチンが流れているのよね? もしそれを輸血したらどうなるのかしら」 
「気持ちは嬉しいが、まだあずさ自身がワクチンと共存できるかさえも分からないんだ。もし共存できて問題が無かったら、紫苑のお母さんを助けてやってくれ」
 ぺたんとベッドに座るあずさに俺は優しく答えた。髪の毛は乱れているが、こいつは、どんな女性よりも魅力的で可愛いと思った。
「母さんもそうだけど、俺はまず、謙介さんに助かって欲しいんだよ。だから、やっぱり金がいる。難しいかもしれないけど、全血液型対応のワクチンを作ってもらおう。そうすれば……」
 言い終わらないうちに、突然部屋の中が昼間のように明るく照らされた。
「君たちは完全に包囲されている。両手を見えるところに挙げてゆっくりと出てきなさい!」
 せまい部屋の汚れた窓に、投光器からの強い光が降り注いだ。あまりの眩しさに、あずさは手で顔を覆う。
 カーテンの脇から少し顔を出して外を見てみると、例の高性能バンが駐車場の出口をふさぐように停まっていた。夜はだんだん白み始め、周りの様子もさっきよりはっきりと観察できる。
 しばらく観察していると、車のドアの影からブライアンの顔がチラリとのぞいた。拡声器を口に当て、拳銃を油断なく構えている。その後ろには軍人らしき一団が、完全武装で扇型にモーテルを取り囲んでいた。
「さあてと、どうするか。裏口は……ないぞと」
 後ろを振り向いた紫苑は、不敵に笑いながらゆっくりと上着を着る。
「あずさ、これを着てベッドの影に隠れろ」
 俺は着ていたパーカーをすばやく脱ぎ、あずさに投げる。それを着た瞬間に彼女は攻撃モードに入ってしまったのか、首をゆっくりと回すとサイドボードに乗っている大きな花瓶を両手で持ち上げた。たぶんそれは、あずさなりの武器のつもりなのだろう。
「一分間だけ時間をやる。抵抗しなければ、傷つけることは無いと約束する」
 まあ、お約束のセリフだ。このまま時間になったら、催涙弾か何かを窓からコロコロと投げ込む筋書きだろう。
「ふー。助かる方法はひとつしかないな。紫苑、さっきの取り引きの話覚えてるか?」
 俺はポケットからバタフライナイフを取り出すと、紫苑に放った。
「だね。さあ、ショータイムだ! あ、そこのおてんば娘は花瓶を置いてくように」
 華麗な手さばきでバタフライナイフをくるくる回して鋭い刃を出すと、俺たちを自分の後に隠すようにして紫苑はゆっくりとドアを開けた。
作品名:ビッグミリオン 作家名:かざぐるま