ビッグミリオン
「机の上にあるウイスキーの瓶が気になるよな」
待合室から見えるだけに気が気では無かった。しばらくすると俺たちも診察室に入ることを許された。
まず紫苑の血が抜かれ、透明な輸血バッグ充填されて行く。
「最初の十分から十五分は一mL/分で様子を見て、その後、五mL/分にしてみようかな」
あずさの腕の血管を手慣れた動作で探し出すと、ゆっくりと輸血が始まった。複雑な表情で俺を見つめるあずさの目が忘れられない。
「何かあったら大声で呼べよ。俺たちは外にいるから」
安心させるように言葉をかけてから紫苑と診察室を後にした。
輸血を待っている間、狭い待合室のスプリングの飛び出た椅子の上で、俺たちは逃走ルートを検討する。さっき血を抜かれた紫苑は特にふらふらもせず、美味そうに煙草を吹かしながら地図にひょいひょいマーキングしていく。
「もともと砂漠だった街だからなあ。街を出たらルートはかなり限られちゃうよね」
「そうだな。検問もあるだろうし、かなり危険だと思う。ナンシーに頼んだルートはもう使えないし。ところで紫苑、今現金はいくらある? 逃走には金がいるぞ」
まず俺がパーカーからしわくちゃの紙幣を出して確認すると、百ドル札が一枚と十ドル札が数枚入っているだけだった。
「俺もそれくらいだよ。とても遠くまでは行けそうもないね」
両手を軽く広げ、口の端をへの字に曲げた。
「と、なるとやっぱりアイツらと手を組むしかないのか。つーか、元はと言えば俺らの金だけどな」
二人で蜘蛛の巣が張った天井を睨みながら、腕を組んで考え込む。金が無ければ次の計画に移る事は難しい。今回は、一応ヤツらの情報は正しかったが、本当に信用してもいいのだろうか。
しばらくすると、手袋を外しながら医師が待合室に入ってきた。
「はい、終わりましたよ。GVHDの予防の為に免疫抑制剤を出しておきます。あ、お支払いは現金でよろしく」
くるっと背を向け診察室に戻るなり、コップにウイスキーをなみなみと注いでいる様子が見える。医師と入れ替えにあずさが注射の跡を押さえながら出てきた。
「大丈夫か? 気分はどうだ?」
ここで万が一の事があったら……俺は強制的に輸血を勧めた責任をとる覚悟だった。
「平気よ、少しうとうとしたから前より気分がいいわ。ねえねえ……私の身体の中に、紫苑、あなたの血が流れているのね。ヘンな感じ」
不思議そうな顔をしながら紫苑を見る。
「あとは身体が耐えられるか様子を見てみよう。車で少し眠るといい」
この時、少しだが眠気が急に襲って来た。そういえばしばらく睡眠をとっていない。
「よし、出発だ! 今夜はもう遅い。どこか安いモーテルでも探そう。やつらがもしウロウロしているようだったら、人生ゲームのコマのようにみんなで行儀よく車で寝よう」
気合いを入れるように膝を叩き、立ち上がった。
「ねえ、ちょっと! お会計を」
そのまま立ち去ろうとしてると思ったのか、真っ赤なマニュキュアを塗った受付のお姉さんがあわてて俺たちを呼び止める。
俺はそっと振り返った。
「ところであずさ、いくら持ってる?」