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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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ビッグミリオン

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 同時刻・ナンシーの部屋

「どうも、Jです。その節は本当に申し訳ありませんでした」
 紫苑の携帯に知らない番号から着信があり、出るとJからの電話だった。今度はボイスチェンジャーを使っていないらしい。スピーカーにしてもらうと俺は代わりに話し出した。
「JACKPOTさんも暇だね。あんたリーマンさんだろ? あずさから全て聞いたよ」
「なんだ、全部バレてるのか」
「ああ、だがあずさの言っていたその映像が犯罪の証拠になることは無い。何故ならこのまま行ったら裁判官も法律を忘れちゃうだろうしな」
「このまま行ったら……か。今や世界中の人が、大切な思い出や自分が何者なのかを忘れようとしているからな。そうそう、今日は残念な知らせがある。君たちが待ち望んでいる金はもう届かないよ」
「金ってなんだ?」
「トボけるな! アーノルドから三百万ドル受け取るつもりだっただろ? その情報は丸ごと私たちに漏れていた。そして彼には、この取り引きから“強引に”降りてもらった」
「何をしたんだ? 彼は生きているのか?」
「生きてはいるが、二度と君らの前に現れないことを約束させた。CIAもクビになったし、行くあてが無くて気の毒だが」
「なるほど。ということは、金はあんたらの所にあるってことか」
「そうだ。奪った金に加え、こちらには一千万ドル以上の金がある。どうだ、『万能ワクチン』の為に俺たちは手を組むべきだと思うが」
「なんでおまえらを信用して、手を組まないとならないんだ?」
 こいつらも万能ワクチンの存在を知っている?
 確かに万能ワクチンを培養するには大金が必要だが、野蛮なヤツらと組むリスクは大きすぎる。
「信用? この情報を提供すれば、少しは信用してくれるだろう。また私たちは必ず話すことになる」
 声のトーンが低くなった。紫苑を見ると、目をつぶってじっと耳を澄ませている。
「その情報とは?」
「そこからすぐに逃げろ。CIAと、軍服を着た怖いお兄さんたちがそっちに向かうという情報を得た。まて、到着は……十五分後だ。その中にブライアンもいる」
「確かか?」
「ブライアンの無線を盗聴したところ、ナンシーって女が裏切ったらしい。すぐに逃げたほうがいい。ではまたこちらから連絡する」
 電話は切れた。
 俺たち三人と白いトイプードル一匹は、ガラスのテーブルを囲んで目を見合わせた。なぜか犬だけはキラキラした目で尻尾をぶんぶんと振っている。
「ナンシーだって? バカな」
 紫苑は明らかに動揺している。
「もしヤツらの情報が本物だったら、逃走ルートを考え直すしかないな。そうなると当然、彼女の兄貴も信用できない。とにかく電話をかけてみてくれ」
 あずさがナンシーに電話をかけてみる。
「つながらないわ。呼び出し音は鳴ってるけど……。お兄さんの職場まではすぐって言ってたから、確かに帰りはかなり遅いわね」
 決断の時だ。俺はみんなに指示を出すと同時に、荷物をまとめ始めた。クローゼットから黒いパーカーとズボンを選ぶと、素早く着替える。時計を見ると、もうあまり時間は残されていない。ナンシーの兄貴が所有するミニクーパーの鍵を木のボードから外すと、『三人と一匹』は勢いよく部屋を飛び出した。
「こらこら、あんたは行けないのよ。連れてってあげたいけど」
 尻尾をちぎれるほど降っている白いぬいぐるみのような犬を抱き上げると、あずさだけ玄関に戻りそっと放す。悲しそうな瞳で見つめるその子に優しく声をかけながら、ドアをぱたんと閉めた。
 少し小雨がパラつく駐車場に赤いミニクーパーが停まっていた。見た目は小さな車だが、機敏性があり今の俺たちには十分過ぎる車だ。紫苑が運転席、俺が助手席、あずさが後部座席に座る。走り出すと俺は携帯を取りだし、さっき乗せてもらったカジノのオーナーに電話をかけてみた。
「もしもし、さっきは本当に助かりました。あの、知ってたら教えて欲しいんですが、目立たない病院を知りたいんです。え? 大丈夫です。今の所ケガはしていませんし、おかげさまで捕まってもいません。はい、ストリップ地区の三ブロック先ですね。何度もありがとうございます」
 携帯を切ると、運転している紫苑が目を合わせてきた。
「いまオーナーに口の堅い病院を聞いたから、そこに向かってくれ。いいか、紫苑。このままじゃ俺たちが捕まる確率はかなり高いだろう。そこで頼みがある。……おまえが拘束されても大丈夫なように、あずさには今のうちに輸血をしておきたいんだが」
 紫苑は前に向き直ると、何故か無言でハンドルを握っている。代りにあずさが答えた。
「謙介さん。私の事はいいの。ワクチンを増やしたら、せーので一緒にうちましょ」
 後部座席から俺の横に顔を出してにこっと笑った。
「ダメだ! もし紫苑が捕まったら、ワクチンを打つ機会は二度と訪れないだろう。ブライアンも、このワクチンは非常に貴重なものだとはっきり言っていた。――これはリーダーとしての最後の命令だ。これを聞いてくれなかったら、俺は“紫苑を気絶させてでも”おまえに輸血するぞ」
 俺の激しい感情の変化に、二人は少し驚いた顔をしている。
「そうだな。実はずっと枕元輸血のリスクを心配していたんだけど、きっと何とかなるさ。謙介さん。俺、謙介さんがそう言ってくれるのを待っていたんだ。後ろのおてんば娘を助けたいって気持ちは一緒だよ」
 しばらく無言の時間が続いた。街灯の光が三人の顔を、刹那的に何度も浮かび上がらせる。
「うう……」
 後ろの席であずさは声を殺して泣いていた。目まぐるしく変わる状況に、彼女の神経は張りつめていたのだろう。それはみるみるうちに号泣に変わっていく。
「だって……。私たちチームなのに、最強のセ、セブンなのに。け、謙介さんだけ、助からない、ひっく、かもしれないじゃない」
 よく聞き取れなかったが、言いたいことは大体分かった。この子は俺の事を心配して泣いてくれているんだ。
「心配しなくても大丈夫だって。俺は運がいいって言っただろ? とにかく今回だけはリーダーの命令を聞いてくれ。 あ、紫苑、その角を右だ」
 そこはまるで、小さなスナックのような場末の病院だった。オーナーの話では、ここは“ワケありの病気や怪我”で訪れる患者が多いらしい。治療費は高いが、患者を選ばないと評判のようだ。なるほど、ベガスらしい話だ。
 小さな駐車場に車を停めると、俺たちは闇に紛れるようにして中に入って行った。CIAもまさかこんな所に俺たちがいるとは思ってもいないだろう。
「紫苑くん。こいつはずいぶんと香ばしい所に来ちゃったかもね」
 扉が開きっぱなしになっている診察室の中で、初老の医師が美味そうに煙草をふかしている。その扉には昔のヌードスターらしきポスターが張り付けられ、頭上の電燈には大きな蛾が羽を休めていた。俺たちの他には、受け付けに赤毛の女の子が爪の手入れをしながら座っている他は誰もいない。
「謙介さんたちはここで待ってて……勇気を出して聞いてくる」
 紫苑が流暢な英語で輸血をして欲しい旨を伝えると、医師は事情も聴かずにすぐに輸血の用意を始めた。一応しっかりと消毒はしてもらっているようだが、医師の指先は細かく震えている。
「あのおじいちゃん大丈夫かしら」
作品名:ビッグミリオン 作家名:かざぐるま