ビッグミリオン
「ちょっと待ってよ。別に私たちはどっち側とかじゃなくて、ただ新ワクチンを手に入れたいだけなの。まだチームのみんなの意見を聞いてはいないけれど、私、それを増やして世界の人を一人でも救いたいの」
この時点では、謙介と紫苑も同じ考えだという事を知らなかった。
「いい心がけだね。私も同じ考えをしていた時期もあったよ。ここだけの話だが、私も新ワクチンを手に入れたら独自で増やすつもりだが、君とは目的が少しだけ違う。気づいているか分からないが、『このワクチンは大金を生む』んだよ。つまり、私は組織に渡すつもりは無い」
あずさの目の前に椅子を置きゆっくりと座ると、他の者に聞こえないように耳元で呟いた。
「そんなことして恥ずかしくないの?」
「さてさて! 困ったことにこのままこの娘を帰しても、新ワクチンを持って来るという保証がない。みんなはどうしたらいいと思う?」
突然、明らかに不自然な大声を張り上げる。モヒカン達は驚いたようにビクっと身体を震わせた。リーダーはこのリーマンなのだ。彼にまかせるしかないという空気が、渦を巻くように部屋に漂っている。
「帰ってもあなたたちの事は何も話さないし、私は絶対に約束を守るわ。信用してよ」
その眼は決して嘘をついてるようには見えなかった。
「そうだ、さっき見た映像を覚えているかな? もし約束を守れなかったら、この映像を証拠として司法機関に提出する。結果的に立派な殺人行為につながるからね。もし立件されなくても、私のコネで国際指名手配犯に仕立て上げる。そうなったらチームセブンは共犯として、一生逃げ続けなければならないだろうね」
「仲間には手を出さないでっていったでしょう!! 紫苑だってあなたたちと同じで、選択肢が無くていやいや協力したのよ!」
急に暴れ出し、縛っている椅子ががたがた揺れる。顔は真っ赤になり、近づいたら噛みつかれそうな勢いだ。
「保険を掛けるのはエージェントの基本中の基本なんだ。分かってくれ」
丁寧な言い方だったが、この男ならきっとその通りにするだろう。
「――分かったわ。じゃあ解放してよ。明日手に入れたらすぐにあなたたちに渡すから。そしたらすぐに映像のオリジナルを渡してね」
チーム『セブン』の結束力に驚きいた様子だったが、それを表情に出さずリーマンは頷いた。
「もちろんだ。ではセブンに電話をかける。私の電話が終わったら君を解放しよう」
くるりと踵を返すと、全員の視線を強く浴びながら別室に姿を消した。
別室のドアの鍵を掛けると、リーマンは探知されない携帯を取りだしどこかに電話をかけ始めた。
「エドワード博士、作戦は順調です。ビッグミリオンは『神の鉄槌』作戦を続行中だと思われます。今日新ワクチンを手に入れたら、すぐにそちらに向かう予定です」
「ああ、そうしてくれ。新情報だと、三段階目の進化には早くても一か月を要すると思われる。それまでに噂のシーズン3対応の『万能ワクチン』を手に入れるのじゃ。わしが調べた情報によると、『万能ワクチン』は複製が非常に困難らしい。つまり人類は、奇跡的にこのウイルスが3段階目に進化しないことを祈るのみじゃな」
「そうですか……。CIAにシーズン2用ワクチンの、再打診はしてみたのですか?」
「ああ、当然してみた。だが、まだ不完全ということで拒否されたよ。未確認だがホワイトハウス関係にはサンプルを提出したらしい」
博士の口調に自嘲的なニュアンスが混ざった。この事からもアメリカ政府は、CDCを見限ったようにもとれる。
「まあ、しょせん一時しのぎにしかならんがな」
そう、シーズン3の情報まで知っているものは、博士を含めこの段階では数えるほどしかいなかった。
「分かりました。では、博士はそろそろご家族を連れてそこを脱出して下さい。最新設備の研究所は私が用意致しましたので、当初の段取り通りに。その際、研究資料も忘れずにお願いします。もうすぐ――大金が掴めますよ。では、また動きがあれば電話いたします」
電話を切ると、今度は自分の携帯からボイスチェンジャーを通して電話をかける。
「もしもし、Jだ。君のチームの女性を解放する。大金を使ったが、私たちの作戦は早々に破たんした。ああ、怒りはもっともだ。もちろん彼女はケガひとつしていないよ。十五分もあればそちらに着くはずだ」
電話の相手はかなり怒っている様子だったが、かまわず電話を切った。
(あとは彼女がうまくやるだろう)
携帯をポケットに入れると皆の待つ部屋に戻っていく。
「セブンとは話がついた。じゃあ彼女を解放してやってくれ」
全員の視線が一斉にリーマンに注がれる。ゴリラが顔を遠ざけながら、こわごわとあずさの拘束を外していく。痛くしない様にするためなのか、妙に時間がかかった。
「約束は守ってもらうぞ。分かってると思うが」
釘を刺すようにリーマンが確認する。
「分かってるわよ。貰ったらすぐに持って来るわ。何度も言うけど、謙介さんたちには“絶対に”手を出さないで!」
手首を撫でながら立ち上がると、強い気持ちを凝縮したような声をぶつけた。そして少しふらつきながら部屋の全員を一通り睨み、スイートを出て行った。