ビッグミリオン
二時間前
「アーノルドか? ブライアンだ。いいか、黙って聞け。我々の探していた万能ワクチンは意外と身近な所にあった。この名前を聞いて驚くなよ。『篠崎紫苑』お前はコイツを知っているはずだ。彼の身体の中にそれは流れている。代表の孫ってのは彼だったんだ。生きたまま捕獲しろ。私もすぐそちらに向かう」
早口でしゃべる彼の声は、いつもより興奮していた。
アーノルドは、電話の内容に驚きのあまり言葉が出ない様子だ。
「……分かりました。ちょうど明日、新ワクチンを渡すという約束をしているので捕獲を実行します」
「明日じゃない、すぐやるんだ! エリザベートからもキツく言われている。ただし! 彼はエリザベートには渡さない。我々CIAがいただく。分かってるな?」
怒りを含んだ口調で叱咤する。彼がこんなに感情を剥き出しにすることは滅多になかった。
「はい! すぐに」
電話を切ると、深いため息をついた。
〈こんなに身近にいるとは!〉
もうこれは、代表がある意志を持って当選者に紛れ込ませたと思うしかない。
「兄さんから? どうしたの?」
DOLLの足元には、ぼんやりとした目のベイブが首に包帯を巻いたまま横たわっていた。目線が定まらないその足元に毛布をかけながら、期待を込めた目でアーノルドを振り返る。
「ブライアンが来ます。そして、我々はすぐに篠崎紫苑を捕獲しないとなりません。緊急命令です」
「本当!? 兄さんが来るって事は、あの『カルト集団』をついに見切ったのかしら」
怪訝な表情から、霧が一気に晴れるようにその顔がぱっと明るくなっていく。
(任務が終わって戻って来たなら、また元通り彼と愛し合える。誰にも文句は言わせないわ。――だって私と兄は、血がつながっていないんですもの)
感情が急激に高まったのか、彼女の顔にほんのりと赤みも加わり始めた。
すぐにアーノルドが、クローゼットから頑丈なスーツケースを引っ張り出してくる。フタを開けると、サブマシンガンや拳銃などが鈍い光を放っていた。重さを確かめるようにそれぞれ手に取り、弾の確認をしたあと安全装置をかけた。準備はこれで完了だ。あとは偽のワクチンを掴ませて、隙を見て紫苑たちをホールドアップさせるだけだった。
「あいつは手ごわいですよ。あまり舐めてかかると逃げられる可能性が」
「ふふ、簡単な任務じゃない。あ、そうだ。彼にしか用は無いんだから、何か聞かれたら『女の位置情報は分からなかった』って適当に答えればいいのよ」
「承知しました」
テーブルのノートパソコンの画面には、あずさの位置情報を示す信号が“はっきりと”映っていた。その信号はラスベガスのホテルの一室で点滅している。だが、アーノルドは深いため息をついた後、画面も見ずにそのままぱたんとパソコンを閉じてしまった。