小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ビッグミリオン

INDEX|67ページ/121ページ|

次のページ前のページ
 

 八日 同時刻

「こりゃあ謙介さんじゃ無理だったかもな。俺と違って血に弱そうだし」
 紫苑の血まみれの手にはチップの残骸がひとつ載っていた。
 ベイブを気絶させ、素早くチップを取り出してからもう一時間が経過している。聞いていた通り、きっかり十五秒後にそれは破裂してただの金属の塊になってしまった。その塊を握りしめながら、依頼人の待つスイートに向かう。
「あれ? 鍵が開いてる」
 ドアを開けると、何とも不可解な光景が眼に飛び込んで来る。そこにはホールドアップ状態で壁に手を着き、背中を見せて固まっているアーノルドとDOLLがいた。奥にもう一人、ソファにゆったりと座りながらクッションで手を隠している男が見える。
 その男は……冷酷そうなとがった顎を持つ〈賢者〉エリックだった。
「おやおや? 君がその手に持っている物は、ひょっとしてチップのなれの果てかな?」
 アーノルドが言っていた通りの、意地の悪そうな冷たいグリーンの眼だ。
 答える代わりに、チップのかけらをポケットに仕舞うと、自然な仕草で濃いブルーのサングラスをかけた。だが、何故かレンズに隠した目の片方をいま閉じている。
「俺はね、頼まれた仕事の報告に来ただけなの。そこで“赤ちゃんのつかまり立ち”みたいなカッコをしている人が依頼人なんだけど。……えーっと、君たち何してんの?」
 その問いに(この状況見て分かんないの? 空気読んでよバカ!)と言いたげに、DOLLが高速で首を振っている。
「鈍いのか、それとも分かっていてトボけているのかな。面白い男だ。――そうだな、君には選択肢を与えよう。このまま後ろのドアから出て行って全てを忘れるか、それともこのCIAの犬と一緒に葬られるか。どちらかを選びたまえ」
 にやにやしながらクッションをどけると、拳銃の銃口が現れた。CIAという言葉が出たからには、どっちを選んでも結局全員を殺す気に違いない。
「うーん。じゃあ、皆さん再会を楽しんでいるようだし邪魔者は退散しようかなあ。あ、そうそう!」
 その時、急に室内の電気が消えた。正確には紫苑が素早く消したのだが。
 そこからは、全く勝負にならなかった。閉じていた片目を開け獣の様な速さでエリックに近づくと、、的確にボディとアゴに“致命的な一発”をプレゼントする。
 砂袋で地面を叩くような音が同時に聞こえた後、電気が点く。
 床にはエリックが口から血を出しながら大の字に転がっていた。ふかふかの絨毯のおかげで頭は激しくぶつけていないが、完全に白目を剥いている。
 パンッ! パンッ!
 落ちた銃を素早く拾い上げたDOLLが、いきなりエリックに二発の銃弾を浴びせた。彼の身体は二度バウンドしたあと、もう動く事は無かった。わずかに口から血を噴いた後、瞳の光が徐々に小さくなっていく。
「おいおい、殺す必要があったのかよ。たぶんだけどコイツ偉いんだろ? よくあるパターンだと、このあと大ボスが出てくるぞ」
 銃口からまだ煙が上がっている拳銃をテーブルにそっと置くと、DOLLは顔を覆いながらへなへなと椅子に腰を落とした。
「この人は……組織の大幹部なんです。必要どころか、殺しとかないと大変な事になってしまう。彼はこう言っていました。『お前らの正体は私だけが知っている。上には黙っててやるから、アメリカ政府が二千万ドル用意しろ』と。『もし、この取り引きを呑まなければ、私の権限で世界中の水源にウイルスを混入させるぞ』とも。これは彼ならやりかねない事です」
 アーノルドはまだふさぎ込んでいるDOLLの肩に優しく上着をかけ、拳銃の指紋を丁寧に拭き取りながら言った。
「ってことは、まだ君たちの正体はバレてないってことだな。じゃあ、俺との約束は守れるじゃん」
 軽いしゃべり方とはうらはらに、凄みのある眼でアーノルドを睨んだ。
「もちろんです。新ワクチンは出来次第、あなたたち全員に与えます。あ、死体の処理は我々で行うから安心して下さい」
「死体の処理は当たり前だろって。俺、殺してないもん。それでその新ワクチンはいつ貰えるの?」
「明日中には届くはずです。まだプロトタイプなので効果は保障できませんが、CIA局員に配給する分を“うまく調整して”すぐに渡します」
 嘘を言っている眼ではない。
「オッケー。じゃあ明日届いたら電話をくれ。まあ、俺はこれからリーダーにブン殴られなきゃならないから、電話口でうまくしゃべれないかもしれないけどな」
 ふふっと笑い、ポケットから出したチップの残骸をテーブルに放り投げると、手をひらひらと振りながら部屋を出て行った。

 同じ頃、謙介とあずさは腕を組んでソファに座っていた。ついさっき起きた様子だ。
「ただいま。ってもう起きてるし!」
「おまえだな? ……どういうつもりで俺たちを眠らせたんだ?」
 立ち上がり、紫苑に近づいた。今まで見たことの無いくらいに、その眼は怒りに燃えている。彼には大体の予想はついていたのであろう。
「一体どこに行ってたのよ。あんたひょっとして……」
 あずさも怒っている様子だったが、謙介の顔色を見て逆に少し冷静になっているようだ。
「ごめんよ、謙介さん。でもこれで新ワクチンが手に入る。アーノルドとは話がつい」
 言い終わらないうちに、謙介のコブシが紫苑の頬を捉えた。元ボクサーの紫苑にとってそんなパンチは鼻歌まじりによけられるはずだったが、何故かそれを頬で受けとめる。
「バカやろう、勝手な事しやがって! このバカやろう!」
 男泣きしながら、ポコポコと紫苑を殴り続けている。
 鼻血を出しながらも謙介を見る紫苑の眼は――澄んでいて優しかった。
「謙介さん、もうやめて」
 あずさは謙介を後ろから羽交い絞めにした。彼女も目から大粒の涙を流している。
「カッコつけやがって。ったく――おまえにはデカい借りができちまったな」
 あずさの手を優しく振りほどくと、がっしりと紫苑を抱きしめ肩で涙をぬぐう。
「貸しなんて無いよ。俺がやりたくてやっただけだし。しっかし謙介さんの最初のパンチはなかなか効いたなあ。……うお! あずさこれ見て! 一本歯が欠けちゃってるって」
 もごもごした後、出した舌の上には白い歯が半分載っている。
「もう、謙介さんやりすぎよ。大丈夫、あずさちゃんナースがくっつけてあげる。えっと、爪に使う接着剤ってまだあったかしら」
 ごしごしと手の甲で涙を拭うと、紫苑の腕を掴みそのまま奥の部屋へぐいぐいと引っ張って行く。
「おい! そんなもの使うなよ! 歯医者いくからいいよ!」
 二人の後姿を見送る謙介の顔が自然にほころんでいく。
「ありがとな」と独り言を言い立ち上がったが、やっぱり紫苑のケガが気になるのかすぐに二人の後を追う。
「紫苑んんん! なるべく痛くないように、思いっきり俺を殴ってくれえええ!」
 バキッ!
「超痛ってええええ!」
「余計なこと言うからよ! 男の子って――ほんっとにバカねえ」
作品名:ビッグミリオン 作家名:かざぐるま