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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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ビッグミリオン

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「さて、とうとう勝負もクライマックスをむかえました。今度は『0・00』以外のどのポケットに入れても良いのですから、彼の勝利はほぼ確定していると思われます。逆に言い換えれば、そのウイニングポケットは三十六個もあるのです。それでは最後の四投目、ご注目下さい!」
 もう観客の中にはちらほら帰るものも現れ始めた。火を見るより明らかな結果が待っているのだから当然とも言えよう。または、この大勝負を見て自分たちのギャンブル魂にめらめらと火がついてしまったのかもしれない。
「あずさ、紫苑! ほんの僅かだが、まだ希望はある」
 ほぼ絶望的な状況だが、『セブン』はまだあきらめていない。二人は俺の横に駆け寄ると、祈る様にミスターパーフェクトの指に注目した。
 そして、最後のスタートのベルが高々と鳴り、彼の長い指が今までと同じようにホイールをゆっくりと回す。そして運命の白いボールを投げ入れようとした時だった。
 え? ……何かがおかしい。
 良く見ると、ゴールドマンの指先がかすかに震えている。次の瞬間、火の着いた葉巻を口からぽとりと落とし喘ぐように息を吸った。だがさすがと言うべきか、よろよろしながらもボールを指から弾き出す。
「ねえ、ボクはここで何をしているの? なんでみんなボクを見てるの?」
 小さすぎる声で俺は聞き取れなかったが、後から紫苑に聞いた話ではこの時彼はこう言っていたらしい。
 今までより明らかに弱々しく回り始めたボールに違和感を感じたのか、支配人のコールが少し早かったように感じた。
「ゴールドマン! ゴールドマン! ゴールドマン!」
 両手を上げた観客のゴールドマンコールの中、頭を抱えてへなへなと彼はその場にうずくまった。その姿はまるで大人から虐待を受け、身体を丸めている子供のようだ。
 急に、耳に入って来ていた歓声が聞こえなくなった。まるで時間が止まったように感じた。だが白いボールだけは、コマ送りのように目に映っている。
(この勝負に負けたら、俺をリーダーと慕ってくれた紫苑とあずさに申し訳ない。そして、結果的に人を殺めることにもなってしまう)
 ただ――運命の神に祈った。
 今、一つだけ確かな事は、この投球は無効にはならないだろうという事だ。なぜなら“賭けは締め切られ、彼は投げてしまった”のだから。
 回り続けるボールは、今までより少し自信無さ気に飛び込む穴を探しているように見える。ゴールドマンの勝利が確定するポケットの数は、三十六個も用意されていた……はずだった。
 こつん
 まるで神の手でそっと置かれたように、白いボールが収まったポケットの数字は――『0』であった。


 数十分後、部屋に戻った俺たちは、テーブルの上に無造作に積み上げられた三百二十万ドルの札束を眺めていた。あれからゴールドマンは救急車で運ばれたが、最後まで意味不明な言葉を口走っていたそうだ。
 そして、俺たちは支配人の公正なジャッジにより勝利を得た。ひきつった顔で賞金を渡す時の彼の顔は今でも忘れられない。
 だが……〈ミスターパーフェクト〉と戦い、奇跡的に勝利を収めたのに気分はあまりスッキリしない。なぜなら、彼が倒れなければきっと俺たちは負けていたのだから。
 スッキリしない大きな理由がもう一つあった。この金を日本に持って帰れば文句なくミッションクリアなのだが、それでは何も解決しないのだ。シーズン2のパンデミックが起これば世界中の何処にいようと感染し、やがては死ぬ。俺も紫苑も、あずさも……だ。シーズン1のワクチンでさえ、あと少しで効力が無くなるとアーノルドが言っていたことを思い出す。
 またジャミング装置を借りカーテンを閉め切ると、俺は重い気持ちで話を切り出した。この装置を借りる時にすでにアーノルドとは話をつけている。――『今夜ベイブを襲う』と。
「紫苑、あずさ、聞いてくれ。勝負には勝ち、俺たちはほぼ一億円ずつを手に入れる事ができる。だが、首に埋まっているチップの効力はやがて切れてしまう。勝利に浮かれ、ワクチン入手の事を先延ばしにしてはいけないんだ」
 頬杖をついて札束を見つめている二人は、何故か悲しそうな顔をしている。
「謙介さん、やるつもりだろ?」
 紫苑は少し暗い表情でソファから立つと、ミニバーに行き人数分のブランデーを注いだ。
「ああ。これをやれば、アーノルド、いやCIAは新しいワクチンを俺たちにも供給するって約束だ。他に生き残る選択肢が無い以上、俺はやるつもりだ。結局、『セブン』はCIAの手のひらの上で踊っていただけだったな」
 自嘲的に笑いながら、グラスにじっと目を落としている紫苑を見る。
「謙介さんが結果的に人を殺すことになっても、私たちのリーダーを思う気持ちは何も変わらないわ。あなたはあなたのままだもの。でも、そんな辛い事をあなただけにやらせる訳にはいかない。喜びも悲しみも一緒に背負うのがチームなのよ」
 ブランデーを一息に飲み干すと、あずさは眼に涙を溜めながら言った。か細い指先であふれる涙を拭っている。
「ありがとう。でもさ、手を汚すのは全員じゃなくていいんだ。一人でやる。これはリーダーの俺がもう決めたことなんだ。気持ちは受け取ったよ、ありが……」
 あずさの顔が伸びたり縮んだりしている。すぐに視界がぼやけ始め、俺の意識は遠のいていった。

「しっかし、効くなーこれ! アーノルドのやつ、なんてモン渡すんだ。……ごめんな謙介さん。“人を倒すのは”俺の方が得意なんだぜ。レースじゃあ負けたけどね。悪いけど、しばらく眠っててくれ」
 ソファで寝息をたてている二人に声をかけると、紫苑はグラスを置き立ち上がった。部屋を出る時に一度振り返り、「ごめん」という風に両手を合わせ頭を下げる。
 これから彼は、少し汗を流さなければならないだろう。そう……汚れ役は一人で十分だったのだ。
作品名:ビッグミリオン 作家名:かざぐるま