ビッグミリオン
その頃、CIAサイドも動いていた。DOLLとアーノルドは『チームセブン』が仲間になると確信していた。情報では、今夜〈ミスターパーフェクト〉ゴールドマンが謙介たちと大勝負を行うらしいのだ。
素人同然の彼らがこの勝負に勝てる訳はない。なぜなら無敗の男に土をつけることなど不可能だからだ。過去“非公式”の数々の勝負でも、このゴールドマンは一度たりも負けたことが無かった。
「今夜の勝負でセブンが負けたら、きっとこちらに泣きついて来ますよ」
アーノルドは、バスローブを着たまま爪を磨いているDOLLを見た。ボディーシャンプーの匂いであろうか、バラの香りがあたりに立ちこめている。
「そうね。万が一勝ったとしてもチームメイトの命を助けたければ、あの謙介という男は来るわ。どっちにしてもベイブから目を離しちゃダメよ」
「手は打ってあります。ベイブの靴に念のため発信機を仕込んでおきました。後はヤツらにまかせて、我々はアリバイを作るだけです。あと……〈賢者〉エリックがこちらに向かっているという情報は、残念ながら確かなようです」
あの冷酷な眼を思い出したのか、軽く身震いした。
「エリックちゃんねえ。確かにあの男の頭脳と冷酷さは侮れないわね。そうね、あなたは何も知らないフリをして出迎えてあげなさい。とにかく今、世界中のマスコミがこの病気に注目し始めているわ。つまりウイルスがたっぷり付着した『ダーティータオル』も、世界各地で効果を発揮しだしたって事ね」
髪の毛を包んでいるタオルを思い出したように解くと、テーブルの携帯を持ち上げる。
「兄さん? あ、た、し。エリックが明朝にベガスに着くわ。いいえ、殺し屋はまだ見ていない。ええ、分かってるってば。兄さんもそろそろ横浜に戻らないと怪しまれるわよ? うん、CDCの件はまかせといて。じゃあね」
DOLLは上機嫌で電話を切った。ブライアンの声を聞けた事が嬉しかったのか、電話を切ってもしばらくその口元は緩んでいた。
「余計な事かもしれないけど、そろそろ兄さん離れして恋人でも作ったらどうなんです?」
彼女がご機嫌なのをいいことに軽口を叩く。
「うるさいわね! 兄さんよりいい男がいたらとっくにそうしてるわよ!」
彼女のブラザーコンプレックスは、アーノルドが心配する程だ。
「ところで、もしCIAがシーズン2にも効果があるワクチンを作れなかったら、事は複雑になりますね」
「手は打ったって兄さんは言ってたわ。きっとエリザベートから内密に提供されるんでしょう。私たちまでそのワクチンが回って来るかは分からないけれど、それを独り占めするような事はしないわ。――そういう人だから、兄さんって」
さっきの電話の余韻を追いかけるような眼をして、テーブルの携帯を見つめている。
「あのブライアンが手を打ったって言ったなら、きっと何とかなるはずですよ。ただ、ウイルスの進化が予想以上に早かった場合は、組織内はおろか一般市民に新ワクチンを配るのは不可能です。自分勝手な考えですが、我々の命が助かるためにはここからは情報規制をするべきだと思います」
彼女を慰めるような声のトーンだった。しかし後半は力を込めてキッパリと言い切った。
「……その通りね。あのCDCのエージェントには適当な事を言っといて。しょせん『世界の全ての人を救う』なんて事は絵空事なのよね」
ふうっとため息をつき立ち上がると、今夜の大勝負を見学するためのドレスを選び始めた。クローゼットには高価なドレスが色鉛筆のように並んでいる。
「では、セブンとの協力体制を作ってけん制させます。ひとつ聞いておきたいんですが、もし新ワクチンを手に入れたら、彼らにも与えるつもりですか?」
バスローブをはだけた彼女の美しい背中に見惚れながら、掠れたような声で聞く。
「余裕があったらね」
クローゼットから赤いドレスを選び出すと、身体に当てて首を傾げた。