ビッグミリオン
モヒカンたちがインタビューを受けている頃、スイートルームのソファにふんぞり返ってニュースを見ているあつしがいた。その口は、洋梨が入るほどに開いたまま固まっている。じりじりと煙草の火が指を焦がしはじめてやっと我に返る。
「おーい、ちょっとこれ見てみろよ」
大声でゴリラを呼ぶと、にやにやしながらリモコンのボリュームを上げた。
「彼らが一夜にして億万長者になった日本人です! まさにアメリカンドリーム! 今夜当たる予感はしていましたか?」
女性アナウンサーにマイクの束を突き付けられたモヒカンがひきつった顔で立っている。カメラが引くと、その横に何とも言えない顔をしたリンダの姿も見えた。
真っ赤なジャケットを着て額に汗を浮かべながら答えるペテン師みたいな男は、とんでもない額が書かれた大きな小切手をリンダと一緒に持たされていた。
「いちじゅうひゃく……はあ? 日本円で十四億円かよ! あいつらやりましたね。ベガスざまあみろだ」
ゴリラは自分の事のように喜びながら、拳を握って咆哮する。
「まてまて、ゴリラくん。あいつ等がこの後賞金をどうするか想像できるか?」
冷静な顔になったあつしは、自分のこめかみをとんとんと叩いた。
「え? 余裕でチャレンジクリアできるじゃないですか。ひとりアタマ一億……あっ!」
「分かったか? 十四億を日本に持って帰ったら、税金を差っ引かれても八億は残るだろ。山分けしたらひとり三億弱は手に入るはずだ。ただ、ルールを考えたらそれを主催者に没収される可能性も捨てきれない。では、どうするか。このバカどもは頭が回らねえだろうが、あのリーマンは違う。あいつは絶対逃げる方向で何か考えているはずだ」
まさか、リーマンがCDCのエージェントだとはこの時想像すらつかなかっただろう。しかし、その身のこなしなどから彼が只者ではないとは感じていたようだ。
「ですね。ビッグミリオンが種銭を出してるんだから、それぞれに一億だけ渡してあとは没収って筋書も当然ありえますね。ジャックポットを当てた割には取り分が少なすぎる」
「だろ? 俺だったら、日本に帰ることをきっぱり諦めてメキシコあたりに逃げるが。しかし、何だってこのバカどもはテレビのインタビューなんて受けたんだ? デメリットしかねえじゃねえか」
首をかしげながら煙草をもみ消すと、視線を宙に浮かせる。
「たぶん舞い上がっちゃったんじゃないですかね。そんな高額見せられたら、俺でもパニックになりますよ」
「待て。……俺たちのオークション計画がツブされたいま、これは天が俺たちに与えたチャンスかもしれないぞ。あいつらに俺たちが今掴んでいるこの情報を話したら、さすがに取り引きに乗るんじゃねえか」
したり顔でテーブルの上の報告書をつまむ。
研究所からあがってきた報告書によると、紙幣には未知のウイルスが塗布されている可能性が示唆されていた。もちろんウイルスの属性は不明だったが、考えられる感染経路やこのウイルスに対する『効果的だと思われる』対処法も書かれている。
「俺たちに埋まっているチップとこのウイルスには関係があるはずだ。ここに書かれている通りこのウイルスはな、分かりやすく説明すると『伝染病』なんだ。エイズみたいなもんだよ」
それを聞いたゴリラの顔から、だんだん血の気が引いていくのが分かる。
「じゃ、じゃあ俺たちって伝染病を広めていたってことですか? エイズの末路って確か……」
大きい身体をしている割にはその身体は小刻みに震えていた。
「バカ、落ち着けよ。だからこのチップにはワクチンか何かが入ってるんだよ。それが俺たちを守ってくれている。つまり、ミツバチが死んだら花粉をばら撒けなくなっちまうってこった。ただ、このワクチンがいつまで持つかは……神のみぞ知るだな」
報告書を再び封筒に戻すと、腕を組んで考え始めた。
「よーし、これからすぐに動くぞ。今資金はいくらある? この情報を元に奴らと取り引きしよう。俺は同じ研究所に頼んでワクチンを作らせる。口止め料はまたかかるだろうけどな」
ゴリラはあわてて頷くと、金庫の現金を全て引っ張り出し数えはじめた。
あつしたちはまだ知らなかったが、この紙幣を調べさせた研究所の所員は――全員が既に感染し発症していた。そう、前回の追加の口止め料一万ドルは結局必要なかったのだ。
「約四十二万ドルです。オークションの準備でだいぶ使ってしまいましたね」
「じゃあ、おばあちゃんの分まで頑張らなきゃな。支度しろ、奴らに会いにいく」
あつしは報告書を持って立ちあがると、黒いスーツを身に着ける。どこで手に入れたか分からないが、その腰には黒光りする拳銃が挟まっていた。