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かざぐるま
かざぐるま
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ビッグミリオン

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『アメリカ・ワシントン』 四月七日


〈沈黙の女王〉エリザベートは、本部最上階直通の暗証番号付きエレベーターの中にいた。
 目指す最上階は組織の代表がいるフロアであり、〈皇帝〉サイモンや〈賢者〉エリックでさえめったにこのエレベーターを使うことを許されていない。だが、組織のナンバー2として信頼を得ている彼女は、最近は頻繁に代表と会っていた。
「気が進まないわね」
 今日はエクスプロージョンの結果報告と、シーズン2の実験報告をする日だった。
 エレベーターのドアが開くと、涼しい空気とアロマの香りが彼女の鼻をくすぐった。この香りが気に入らないのか、鼻をすすって眉をひそめるとCEOの部屋をノックした。
「入れ」
 中から低いしわがれ声が聞こえる。
「失礼します。お加減はいかがですか?」
 車椅子に座って背中を見せている男は、ゆうに八十歳は超えているように見えた。男は器用に電動車椅子を操作して向きを変え始める。しわしわの手と老人斑が見て取れるが、その眼光は年をとっても見る者を委縮させる力を宿していた。
 向かい合う二人の間には「銘木」を使ったデスクが貫録を隠さずに置かれている。バスケットコートほどの広さがあると思われる部屋の中には、価値が想像できないほどの有名な絵画が飾られ、和風の組子屏風が所々に置かれていた。所々に日本テイストが散りばめられているのは、彼が日本人である証ともいえよう。
「ああ、心配いらん。わしが寿命で死ぬ前に一体何人が死ぬのかを想像するだけで、生きる気力が湧いてくるからな」
 日光が老人の背中に当たり顔は良く見えない。だが、刺すような眼光で裸にされていくような感覚が彼女の顔をこわばらせていく。
「――では、報告に移らせて頂きます。部下からの報告では『エクスプロージョン』は成功とのことです。ご存じの通り、シーズン1は比較的ゆっくりした進行を見せますが、シーズン2になると実に約百倍のスピードで広がって行きます」
「そんな事は八十年前から分かっておる。実験体には変化はあったのか?」
 老人は電動車椅子を操作してゆっくりエリザベートの背後に回ると、いきなり年齢の割にひきしまった彼女の尻に「がぶり!」と噛みついた。
「つっ! ……いえ、『シーズン3』は非常に危険だと聞かされておりますので、ワクチンの無い現在、研究員も現場で二の足を踏んでいます。もし移行した場合、代表のおっしゃっていた攻撃本能をコントロールするのは実質的に不可能だと思われます」
 尻の肉を噛みちぎられるかのような痛みに、ひたすら歯を食いしばって耐えていた。やがて老人は満足したのか、よだれの糸を引きながら彼女のタイトなスカートから顔を剥がすと、何事も無かったように元の位置に戻って行く。
「まさにこれじゃ。最終段階のシーズン3は受け身ではない。脳がすかすかになる前に人間本来の攻撃本能が目覚めるのだ。老若男女問わずにな。『噛みつけ! 引っ掻け! 目に指を突っ込め!』これらの行動が世界各地で見られる事になる。そして攻撃された傷から感染して、そいつらも周りを無差別に攻撃し始める。空気感染も伴って攻撃するから、まさに一石二鳥じゃな」
 自分から噛みついたくせに“まるで汚い物を噛んでしまったかのように”ミネラルウォーターでうがいをし始めた。
「残念ですが、実験体にはまだ兆候さえありません。このままでは課題をクリアするのはかなり難しいと思われます。研究員の身の安全を守るためには、どうしてもワクチンのサンプルが必要です」
「無能め。しょうがない、わしが何とかしてみよう。ところで、古いあれの保管場所に危険は無いじゃろうな?」
「はい。シーズン2用は例の場所に保管してあります」
 形の良い細い眉をわずかに寄せながら呻く。内出血でもしているのだろうか、さっき噛まれた所が激しく痛む様子だった。
(後でスカートを履き替えなければ)と思いながら奥歯を噛みしめるが決して表情には出さない。もしあからさまに出しでもしたら、この老人は決して彼女を許さないからだ。
「さすが〈沈黙の女王〉じゃな。では、反対の尻も噛まれたくなかったらさっさと行け! 実験体の代謝を限界まで上げて、一刻も早くシーズン3を目覚めさせるのじゃ。そのためには多少の人間は死んでもかまわん」
 皮肉をまぜてそう言うと、もう興味を無くしたように時間をかけて背を向けた。
「はい、準備を急がせます。では失礼いたします」
 エリザベートはこれ以上無いくらいに頭を下げると部屋を出て行った。しかしうつむいて隠したその顔は般若のような形相をしている。
(やっぱり、代表は何かを隠してるわね。近いうちに暴き出してやる。まあ、今のうちにせいぜい威張っておくがいいわ)
 エレベーターのパネルに暗証番号を入力しながら、血がにじむほどに唇を噛みしめた。



 現在のチーム状況

チーム1  ヤン、トッド、ニック               ×ヤンの逮捕により失格
チーム2  まゆみ、美香、貴子                ×チップ摘出により失格
チーム3  あつし、ゴリラ、おばあさん             ラスベガス
チーム4  リンダ、モヒカン、サラリーマン           ラスベガス
チーム5  ソム、チャワリット、琴美             ×二名死亡により失格
チーム6  ゴラン、ニコライ、まどか              続行不能
チーム7  謙介、あずさ、紫苑                 ラスベガス
チーム8  DOLL、ベイブ、アーノルド           ※ラスベガス 監視任務中
チーム9  マイケル、ジェフ、将太              ×帰国中
チーム10 紅花(ホンファ)他二名              ×ホンファの逮捕により失格

※主催者側の『チーム8』はチャレンジ対象外と判断。
作品名:ビッグミリオン 作家名:かざぐるま