ビッグミリオン
「おめでとうございます! では簡単にご説明しますと、あなたはメガバックス、つまりジャックポットに当選しました。この瞬間から約千四百万ドルがあなたのものになります。ただし、『日米租税協定』によりここアメリカでは税金は取られませんが、日本に帰ったら税金を四割程度納めることになるでしょう。ですが、今日あなたが受け取る権利がある金額はおよそ……日本円に換算しますと十四億円になります」
これを聞いたリンダ姉さんは、口はポカーン開けたままだ。モヒカンに至っては、ほっぺたを強くつねりすぎたのか大粒の涙を流していた。
「あんた……。何かやる男だと思ってたけど、ついにやったわね!!」
ドレスが捲れるのも構わずモヒカンに飛びつくと、ほっぺたにキスの嵐を浴びせる。
「いや、そんなこと絶対思ってなかっただろ?」
照れ笑いをしながら抱き合うと、その場でジャンプして喜びを分かち合う。
「えー喜んでいる所、申し訳ありません。この賞金ですが、一括で受け取るか、二十五年間の分割払いにするかを選べます。詳しい手続きは事務所で行いますので、のちほどご同行願います」
説明を続けるヤマザキの後ろでは、カジノスタッフがモヒカンのマシンの周りに金色のポールを立て、ロープを張り始めた。不正が無かったかの厳しいマシンチェックが行われた後、畳ぐらいの大きさの巨大小切手に『14,146,854.24$』と書かれ、「それを笑顔で持ってくれ」とリクエストされた。
そして次々にカメラのフラッシュが焚かれる中、〈ファーストスピンの儀式〉が行われる。この伝統の儀式はジャックポットの絵柄が並んだ状態の台を、当選者が最初に回して絵柄をくずすという栄誉ある儀式だ。
感激して泣きすぎたのか、リンダの目は化粧が崩れて“出来損ないのパンダ”のようになっていた。儀式が終わると二人は事務所に連れていかれ、モヒカンは分厚い書類に陽気に次々とサインをしていく。
「良かったあ! これでチャレンジはクリアね。堂々と日本に帰れるわ」
サインしているモヒカンを熱い目で見つめながら、安堵のため息をつく。だが、意外なことに彼は少し複雑な表情をしていた。
「浮かない顔してどうしたのよ?」
「姉さん……。俺、大変なことに気づいちゃった」
「大変なことってなによ、あっ! そうか」
「そう、このままチャレンジをクリアしても一億円しかもらえないんだぜ」
モヒカンはサインをする手を止め、リンダの目をまっすぐ見つめた。
「十四億円稼ごうが、クリアして一億円もらったら残りは没収される可能性が高いだろ? 五十万ドル全て失っても返済しなくてもいいよってルールは、裏を返せばそういう事かもよ」
確かにその辺は明記されていなかった。資本金を出しているのは主催者なのだから――可能性はある。
「じゃあ、もしかして逃げちゃおっかとか考えてる?」
怖がるどころか、その眼が生き生きと輝き始める。彼女の中にあるギャンブラーの悪い血が騒ぎだしたのかもしれない。
「うん。金は腐るほどあるし」
鼻を膨らませ自信満々になっている彼のトサカは、いつもよりもぴんっと立っているように見える
そうと決まれば少しでも早く手続きを終わらせたいのか、よく読みもせずに快調にサインを続けていく。
その一つの項目に『この当選をマスコミに発表しますか?』という項目があった。
当然、彼はよく読まずに、『YES』の欄にチェックを入れてしまっていた。ヤマザキはそのペン先をしっかりと見ていたが、カジノの宣伝と、自社のマシンの宣伝にもなると思ったのかわざと注意をしなかった。
そして、手続き終了と共に高価なシャンパンが『幸運なカップル』にふるまわれた。