ビッグミリオン
『ラスベガス・チーム3』 四月六日
「明日にはブツが届くぞ。みんな準備はできているか?」
部屋に入って来るなり、タンクトップ姿のゴリラに向かって咎めるような口調であつしが叫んだ。
「俺は全て終わりましたけど、あれ? そういえば、おばあちゃんと通訳の姿を今日は見てないなあ」
どうやら何とかニセ札束の制作は終わったようだ。
「何やってんだ! 明日はあいつらがいないと話にならねえじゃねえか。すぐに電話してみろ」
いらいらしながら大声で命令する。
まだ痛むのだろうか、ゴリラの鼻には大きな絆創膏が貼ってある。身の危険を感じたのか、すぐに電話を手に取るとおばあちゃんにダイヤルした。
ジリリリリン、ジリリリリン
聞きなれたレトロな呼び出し音が、壁の白い大きなクローゼットから聞こえてくる。
「携帯を忘れていったのかな」
ゴリラは弾かれたようにソファから立ち上がり、クローゼットの扉を開けた。
「うお!」
開けた瞬間に何か背の低いマネキンの様なものが、ゴリラに抱きついてきた。とっさに思い切り払いのけると、それは前のめりに床に倒れどすんっと大きな音を立てる。
「おいおい、それおばあちゃんじゃねえのか?」
あつしは動揺した様子も無く、うつぶせに倒れている人間を見おろした。そしてつま先でそれをひっくりかえすと、やはり……それは口から血の筋をひき、目をあけたまま死んでいるおばあちゃんであった。
「なあ、これを見てみろ」
あつしはかがみこむと、遺体の首を横に向けた。傷跡から大量の出血があったように見える。
さらに目を近づけると、後頭部の〈チップが埋まっているべき場所の皮膚〉が毛髪ごと丸く剥がれていた。その皮膚に半分被るようにしてネクタイが首に巻かれている。おそらく首を絞められたことが彼女にとって致命傷だったのだろう。
「ひどいことするなあ」
ゴリラはネクタイをそっと外すと、器用に後頭部の毛髪を引っ張って確認してみる。――やはりそこにはチップは無くぽっかりと丸い穴が二人を覗いていた。ちょうど、鋭利なナイフのようなもので強引にくり抜いた感じだ。
「誰かが殺してから、チップを盗んだんだな。あつしさん、どう思います?」
「……いや、たぶん逆だな。“生きたままチップを取り出してから殺した”んだろう」
ゴリラの顔が更にひきつった。
確かに、死んでから取り出したにしては出血が多すぎるし、ネクタイは傷跡の上から被せるように巻かれていた。死んでから取り出したのなら、ネクタイは傷跡に被っていないはずだ。
彼女の見開いた目は一体最後に何をみたのだろうか。あつしはそっとおばあちゃんの目を閉じると、長い時間手を合わせた。
「おい、キムはどうした? あの野郎はいつも一緒にいたんじゃねえのか?」
空気が変わり目に狂暴な光が灯り始める。さっきまで静かに手を合わせていた人間と、まるで別人のようだ。
「そ、そういえば姿が見えないですね。ちょっと待って下さい! 先に金庫を見てきます」
駆け込んだ別室のセーフティーボックスの扉はだらしなく開き、中の札束はまるごと消えていた。
「やられました。金が全部消えています」
「やられましたじゃねえよバカ野郎! すぐに探して来い! ヤツは何か知ってるはずだ」
「はい!」
本職のドスの効いた声にゴリラが飛び上がる。こうなるともう手がつけられない事を知っているようだ。本格的に暴れ出す前に素早く部屋を飛び出していった。
「ちっ、オークション計画は白紙か。しょうがねえ、次の手を考えるか」
煙草をくわえながらベッドのシーツをはがすと、妙に慣れた手つきで遺体を包みだした。