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かざぐるま
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ビッグミリオン

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 今日も昨日と違う女性の家に泊っていた。ベッドの周りには夕べ飲み散らかしたビールの缶が散らばっている。昼過ぎに起きて煙草を吹かしながら、台所のテーブルでパソコンを開いているあいの横に立つと画面をひょいっと覗き込んだ。赤い下着に白いガウンだけ纏ったあいは、『ビッグミリオン』というサイトを開いていた。
「紫苑はさあ、一億円あったら何したい?」
 キーボードを叩きながら熱心に画面を見つめている。
 彼女の首筋からは、風呂上りのボディーシャンプーの香りが甘く漂っている。
「そうだなあ……。バイクチームのみんなを連れて、海外を自由に旅してみたいな。あいはどうなの?」
 あいの座っている椅子の後ろから、気怠そうに煙草の煙を吐き出す。
「それさあ、あたしも連れてけっての。あたしはねえ、紫苑と世界一周の旅をする! っというわけでぇ、ぽちっと!」
「ねえ、何がぽちっと?」
「抽選で一億円ゲットって書いてあるから、紫苑の名前でぽちってみたんだよ。でもちょっとへんなの」
「へんって何が?」
「あたしこんなサイトに飛んでないんだけどなあ。ま、いっか。大金、大金!」
 小鼻を膨らませて、自慢げに紫苑を見上げる。
「ふーん。ビッグミリオンねえ」
 画面には【十日間で五十万ドルを百万ドルに増やせば大金ゲット!】と書いてある。
「って、おい。おまえちゃんとここ読んだのか? これって抽選だけで一億円くれる訳じゃ無さそうだぞ」
 あきれた顔をしながらあいの頭に軽くチョップする。
「あー、ホントだ! でもいいじゃん。こんなの当たるワケないし」
「ま、そりゃそーだ。俺はもうちょっと寝るよ。うるせーからケータイ鳴らすなよ」
 そう言ったのと同時に、豹柄のベッドカバーがかかっている布団に彼は助走をつけて飛び込んで行った。


『ビッグミリオン・日本支部』 二〇一九年 三月


【たくさんの応募ありがとうございました。当選された三十名様には、直接お電話でお知らせ致します。なお、落選された皆様には残念賞として、もれなく高級タオルを発送致します】
「こんな感じでよろしいですか? ところで、このタオルって本当に良い素材を使っていますよね」
 ホームページの更新をしていた若い女性オペレーターが、サンプルの手触りを確かめながら長身の男に向かって笑顔を浮かべた。
「ああ、本部の力作らしい。きっと落選した人たちも喜ぶだろう。ふふ……これからが楽しみだな」
 にっこりと爽やかな笑顔を返すこの男は、ブライアン・フォールという名前だ。前半は流暢な日本語で答えたが、最後の言葉はシカゴ訛りの英語で呟くように言ったので、オペレーターたちには良く聞こえていなかったようだ。
 しわ一つ無い白いスーツを自然に着こなす彼は、〈トムクルーズ〉に似ていると言われ、日本支部のオペレーターの女性たちに大人気であった。また、組織の幹部候補生でもあり、若くして広報全般をまかされている男でもあった。手にしたタオルの手触りをもう一度確かめると、満足そうな顔をしながらテーブルに置く。
 ここは横浜にある巨大な倉庫だ。部屋の中にはモニターや電話機が数十台並んでいる。この建物の隣には、倉庫を改造し無菌室になっているラボがいくつかある。このとてつもなく広い部屋の中を、白い服を着た大勢の研究員が忙しそうに今も動き回っていた。研究員は若いものから年配の者まで幅広く、外国人の姿も多く見受けられる。ただ、何故か倉庫の外にはカメラが複数設置され、軍事施設並に警備が厳重だった。
 今回から始まった『ビッグミリオン』チャレンジには世界中から三十万人の応募があり、応募期間前に上限となり締め切られた。
 抽選日は一週間後の三月二十日である。選ばれた三十名は東京に集合後、ルール説明を受け、四月一日より十日間のチャレンジ期間に入る。世界中から集まった当選者たちがチームを結成し、それぞれ協力してしのぎを削るのだ。
 ルールは簡単だが、禁止、失格事項が三つだけある。
 一 資本金を持っての逃走は禁止。
 二 増やす手段は一切問わないが、自己資金を足してのクリアは禁止。(クレジットカード等は一時没収)
 三 条件をクリアしても、チーム全員が期間終了の四月十日の正午までにスタート地点に戻らないと失格。
※なお、上記一、二項に該当した場合は、当社が定めるペナルティを課します。
 ペナルティの内容が書かれていないのは気味が悪いが、非常に簡単なルールである。世界の競馬場で一発勝負するもよし、カジノで増やすもよし。株で勝負するのももちろん自由だ。
【五十万ドル全て失っても返済しなくてもいい】という件は誰の目にも非常に魅力的に見える。これは――極端な話だが、例えば五十万ドルで十日間遊び回っても誰にも文句を言われる事は無いのだ。
 しかし、当選者の中には懐疑的な気持ちを抱いている者も少なからず存在した。参加者がこんなにもリスクを負わないチャレンジなど普通はありえない。つまり、The bait hides the hook.(うまい話には裏がある)かもしれないと考えたのも無理は無かった。
作品名:ビッグミリオン 作家名:かざぐるま