小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ビッグミリオン

INDEX|34ページ/121ページ|

次のページ前のページ
 

『イギリス・エイントリー競馬場』 四月四日



 エイントリー競馬場に『チーム9』のマイクとジェフ、小林将太の姿があった。カウンティ・スタンド屋上チケットも大人気で手に入れるのには苦労したようだ。
 今日はグランド・ナショナルレース開催初日で、沢山の人が詰めかけている。上等な服を着たイギリス紳士も多く、彼らもまた身なりのいい女性をそれぞれエスコートしていた。
「ジェフ! この靴見てくれよ。ジョン・ロブだぜ。スーツはバーバリーで買った。オーダーメイドじゃないのがちょっと残念だけどな」
 わざわざ口ひげも生やし奇麗に整えているが、成金ぽくて逆にうさんくさく見える。
「おやおや、どこのイギリス紳士さんかと思ったら、マイクさんじゃないですか」
 巨漢のジェフはニヤニヤしながらマイクをホメた。だがその表情は完全に(似合わないぜ)と言っている。
「あれ? おまえも服を新調してるじゃねーか。その身体にあったサイズがよくあったもんだ」
「だって、このレースが始まるまでやる事が無くてよ。打ち合わせだって半日で終わったし。それよりさ、将太を見てみろよ」
「んー? ぶはははははは!!」
「おはよう、将太。昨夜は良く眠れたかい? はっはっはっは!!」
 寝坊して駆けつけた将太を見て、二人は身体をふたつに折りながら大笑いした。髪の毛に寝ぐせが付いていることから、起きたばかりの様に見える。
 マイクとジェフの視線の先には――まぶたに黒いペンで〈ぱっちりとした目玉〉を書かれた将太が、息を切らせて立っていた。何故自分が笑われているのかが全く分からない様子で、目をぱちくりしている。
「ホーッホホホホ! ぐえ」
 それがまた彼らのツボを刺激したのか今や沸点をとうに超え、過呼吸を起こしそうな様子で壁を叩いて笑い転げている。
 将太はこのコワれているアメリカ人たちが決して嫌いでは無かった。英語はカタコトだったが、スタートしてから彼は、すぐに持ち前の明るさで二人の会話に積極的に入って行った。そしてうち解けた今では、日本にいる決して多いとは言えない友達といる時よりも格段に楽しいと感じていた。
 しかしたった二つだけ問題点があった。この二人のバカげたジョークと、極度のイタズラ好きにだ。極度と言うのは、とても現役のニューヨーク市警の警官だとは思えないようなイタズラを日々仕掛けてくるのだ。
 三人はスイートルームをとってあるのだが、将太が自分の部屋のドアを開けると“野生のキジ四羽”が首を傾げて出迎えてくれた。しかもそいつらは威嚇しているのか、将太のベッドで羽を大きく膨らませているではないか。どうやってここまで持ち込んだか知らないが、驚く様子を見ながら床にうずくまって具合が悪くなるまで笑い転げるのだ。
 イギリスには日本と違って、野良犬、野良猫がほとんどいない。みんなが責任を持って自分の家族と同じように世話をするためだ。テレビでは「あなたの毎月3ポンドが、たくさんの動物達を救います」と動物保護センターのコマーシャルが流れている程だ。しかし――将太にとって残念なことに、野生のキジは普通に生息していた。
 理不尽なことに、逆に将太がこの二人にイタズラを仕掛けると何故か両方とも激怒するから始末が悪い。
 ある日彼らが寝静まった夜中に、キジの仕返しとばかりに〈日本式の幽霊の格好〉をして寝室にそっと侵入したことがあった。
「ファァァァァック!!」
 目を丸くして飛び起きた二人は部屋中を逃げ回り、涙目で枕を投げつける。そしてイタズラだと分かると猛烈に怒りだした。
「ショータ、ゴーストはダメだ!! おまえファール!」
 この言葉に将太は全然納得いかないようだったが、結局この後もイタズラをしたり仕返したりして今日までの退屈を意外と楽しくしのいでいた。
 ところで『チーム9』が半日で立てた作戦とは、いわゆる“ガチガチの本命馬に賭け続ける”というものだった。過去の戦績をパソコンで調べ上げた結果、本命はやはり強かった。まあ障害レースなので本命が必ず勝つというわけではないが、穴馬を狙うより勝率が高いのだろう。
 レート換算すると五十万ドル=三十三万ポンドなので、これを最終日までに六十六万ポンド以上に増やさなければチャレンジ成功とはならない。
 しかし、残念な事にこの三人は“大金を賭けるとオッズが下がる”事を全く知らなかった。
「ショータ、ぷっ、買った馬のオッズが、ぷぷっ、下がったんだが何故だ?」
 目を逸らして、マイクが笑いをこらえながら聞く。
「えっ? いくら買ったの?」
 マイクが笑っている理由にまだ気づいていない。
「三十三万ポンドのうちの十万ポンドだが――しかしお前よくその顔でぷぷぷっ」
 もうダメだという風に将太の腕をむんずと掴み、馬券売り場の鏡の所に連れて行く。
「マイク……今日は大事な勝負の日なんだぞ。ちきしょう……」
 将太は泣いた。
「So sorry」
 さすがに悪いと思ったのかマイクは胸ポケットからサングラスを取り出すと、泣いている少年に優しくかけてやった。
 そんな事をしているうちに出走時間になる。なんと配当は1.3倍まで下がっていた。
『チーム9』が大金を賭けた四番の馬は生垣を順調に飛び越えると、次の坂路も力強く土煙を上げながらトップで登って行く。このままゴールに飛び込めば一着だったが……。最後に力尽きたのかみるみる順位を落とし、結果六着でゴールインした。
「しょうがない、明日があるさ。ところでショータ、今回のイタズラは本当に悪かった」
 マイクとジェフは神妙な顔をして頭を下げてから、二人同時にサングラスをぱっと外す。
 朝には無かったのに、まぶたには将太に書かれていたものと同じ〈ぱっちりとした目玉〉が書かれていた。
 三人は大笑いしながら肩を叩きあうと、分厚いステーキを食べるために競馬場を後にした。
作品名:ビッグミリオン 作家名:かざぐるま