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かざぐるま
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ビッグミリオン

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『ラスベガス・チームセブン』 四月三日



 紫苑が外国人女性を連れて帰ってきた。彼女は現役でディーラーをやっているナンシーと名乗り、どういういきさつがあったかは知らないが、紫苑の事がかなり気に入っているようだ。俺の事は〈ギャンブルに関する確率論を書くために来た大学院生〉と紫苑は彼女に紹介した。――もちろん彼女には実戦で使うとは話していない。
 俺たちは必要な物を買い、別室にブラックジャック専用の部屋を用意した。そして彼女から実践的なカードカウンティングのコツを学ぶことに決まった。
「ああああ! 紫苑、もう疲れたよ! 仕事でもプライベートでもトランプ見てると、クイーンがケッケッケって笑いかけてくるような気がするわ」
 ナンシーはディーラー席から持っているカードをぱらぱらと投げ出した。スリムなブルージーンズに、胸の開いたシャツがセクシーだ。胸元にはフリーメイソンのシンボルの様な、大きな目玉がデザインされたペンダントが揺れている。
「まあまあ。時給三十ドルで手を打ったのは君だろ? でも少し休憩したいよな。だって、四時間もぶっ通しだし――あの娘なんかホラ」
 紫苑の言葉でナンシーがあずさをみると、あずさは使用済みのトランプを使い、口からトランプが噴き出すマジックの練習をしていた。完全に現実逃避である。
「じゃあ、少し休憩しようか。コツも大体つかめた事だし、ルームサービスを頼もう。何が食べたい?」みんなさすがに集中力が落ちている。俺はリーダーとして、一応はこういうまとめ役もやらなければならない。
「あたしと紫苑はピザでいいわよ」
 シュウェップスを冷蔵庫から出しながらナンシーは答えた。いつも思うが、外人は何でこんなに炭酸が好きなんだろう。
「何で俺までピザなんだよ。俺はこのシーザーサラダと、サーモンのサンドイッチで」
「あずさは?」
 彼女を見ると、まだ〈だばばーっ〉とマジックの練習をしていた。気のせいか、さっきより少し上手くなっている。
「にふ」
「ほい、了解。肉は何でもいいんだな? それじゃルームサービスが来るまで、練習開始! ハリアップ!」
 ぱんぱんっと手を叩く。
「ブゥゥゥゥゥゥ!」
 一同にブーイングされたが、今は少しでも時間が惜しいのだ。
 ナンシーのブーイングはさすが本場と言うべきか、一番憎たらしい顔をしていて思わず吹きだしてしまった。美人がだいなしだ。
 俺たちは食後も集中して練習を重ね、最後にそれぞれの演技の練習をした。最初はぎこちなさがあったが、少しずつコツを掴んで行った。
 本番でプレイをする前に、カードを配る時に使用するカードシュー(一枚ずつカードが排出される箱)にふと俺は目をつけた。それを受けてカードシューのメーカーを紫苑がナンシーから聞きだし、判明したのがS社だった。
 カードを混ぜるシャッフル装置にはそれぞれの〈特徴的なクセ〉がある。このS社の装置のクセを掴めば、カードカウンティングの精度がもっと上がるのは間違いないだろうと俺は睨んだ。
 だが……。全てのパターンを分析して実用化するには、残念ながら今回は時間が足りない。滞在期間が二か月もあれば、カジノ側が対策しない限り《常勝プレイヤー》になれたかもしれないのだが。
 夜になり、いよいよカードカウンティングをついに現場で実行した。やっているうちに、カウントそのものよりも演技に工夫を凝らさないと、まずいことになるのに気付いた。なにしろ有名カジノではテーブルの上の天井などいたるところに、三百以上のカメラが設置されているのだ。
 服装や雰囲気をその都度変えないと仲間だと疑われ、あっさり見破られる可能性も高い。特にやっかいなのは、今やほとんどのカジノは〈顔認証システム〉を取り入れていて、一度ブラックリストに載ったらどこのカジノでも出入り禁止になってしまう。
 洋服や変装グッズなどを大量に購入し、まずこれらカメラを欺かなければならない。

 俺たちのとった方法は、まず着飾ったあずさが高レートのテーブルに着き、ミニマムベットで勝ったり負けたりしながら地味にプレイをする。
 ディーラーが変わって、新しいトランプの封を切られた瞬間からカウントを始める。あずさは頭がいい娘で計算方法などとっくにマスターしている。頭の中でもカウントをするが、同時にサングラスに仕込んだ小型カメラから無線で映像を飛ばし、俺が別室で確認する。
 点数も煮詰まり、“今が勝負どき”と判断すると、紫苑に俺が携帯で知らせる。勝負どきとは、長くて約三ゲーム程度の(カードシューにプレイヤーに有利な手札が残っていて、それが配られる可能性のある短い時間)の事である。
 次に金持ち風に変装した紫苑が、酔っ払ったフリをしてあずさの隣に腰をおろす。その時に、あずさの飲み物を確認し、飲み物が半分以上残っていたら、『GO』の合図だ。もし半分以下に減っていたら『危険』の合図と決めた。あずさがぎりぎりで危険と判断したら、飲み物を一気に飲んで減らせば不自然ではない。そして、おもむろに紫苑が大量のチップをおぼつかない手つきで押し出すのだ。
 もし紫苑に最初に配られるカードが絵札二枚だった場合は(この状態を待つのがカウンティングの理想なのだが)、積極的に二本の指をV字に広げスプリットをコールする。掛け金も二倍になるが、確率的にこの状態の時は勝率がかなり高い。そして初戦でうまく勝った時には、その『一試合』で撤退する。長居は無用だし危険なのだ。その時あずさは、場を荒らされて迷惑だというような顔をするなど、コンビだとばれないような演技も欠かさない。
「いやあ、ツイてるなあ! 今日は負けっぱなしだったのに。あれ? うう……吐きそうだ、失礼する」
 紫苑は口を押えて立ち上がると、チップを置いたままふらふらとテーブルを離れて去ろうとする。
「ちょっと! チップ忘れてますよ!」
 あずさが少し怒り気味に声をかけ、全く迷惑だというような顔で周りを見渡す。
「あ、忘れてた。ありがとう」
 ディーラーにチップを滑らせ、よろよろと退席する。
――こんな感じだ。
 カジノによっては一戦だけやって抜けるとイヤな顔をされる所もあるが、短期必勝を目標としているので多少不自然でも数をこなさなければならない。
 時にはあずさが紫苑の役をやり、また俺が紫苑の役をやったりとチームだと気付かれないようにしながらカジノを転々とし、順調に資金を増やしていった。
作品名:ビッグミリオン 作家名:かざぐるま