ビッグミリオン
「あずさってさ、こういう事に意外な才能あったんだな」
俺は今日の十万ドル近くの稼ぎをテーブルに積み上げながら驚いた顔を作った。すぐにこれからもう一勝負行くつもりだ。
「あら、謙介さんだって酔っ払ったフリうまいじゃんって、紫苑! あんた本番前に本当に酔っ払うのは止めなさいよ!」
口をとがらせて紫苑を見る。
「ばーか。フリだよフリ。それにしても順調に行きすぎてやしないか? 謙介さんはどう思う?」
紫苑の前のテーブルには、ビールの空き缶が並べられている。
「確かに、順調すぎるような気がする。それに俺が高額勝負に出る時に、いつもどこかから見られている感じがするんだよな」
「気のせいじゃないの? きっと監視カメラのせいじゃないかな。大丈夫、まだまだイケるわよ」
「――だといいけどな。とにかく今まで以上に注意して、各自動いてくれ」
俺のこの言葉で全員がぱっと立ち上がった。
ここまでは計画通り上手くやっている自信があった。しかしもしバレたら? と思うと不安で仕方がない。自分はともかく、あずさと紫苑は逃がさないといけない。特にあずさは……。
いつからか、気が付くと彼女をじっと見ている自分に気づいた。彼女が無事に戻って来るまで、心配でいてもたってもいられない。ベガスには綺麗な女の人がたくさんいるのに、何故かあずさだけを見ている自分がいた。
(こんな気持ちは危険だ)
頭を軽く二、三回振ると最後に部屋を出た。そう、今は勝負だけに集中しなければならない。
カジノの中に、“たった一ゲーム”で彼らの行動に違和感を嗅ぎ取った男がいた。
名のある凄腕のギャンブラーたちの挑戦を受け、今まで無敗の〈ミスターパーフェクト〉ゴールドマンである。今はディーラーを監督するピット・マネージャーのボス『ピットボス』として客の不正行為などを現場で監視している。
ショーン・コネリーにそっくりな顔をしたゴールドマンは、初日は彼らを“監視する”だけにしていた。不正の可能性を感じとれば、テーブルゲーム・マネージャーに報告する義務があるにも関わらずだ。もちろん、報告しないのには理由があった。次に彼らがこのカジノに来た時に、不正のからくりを自分が暴いてやろうと彼は目論んでいたのだ。バレていないうちは、こういう輩は必ずもう一度来るから焦る事はない。
最近は彼に挑戦するほどの強敵も現れずピットボスの仕事にも退屈していたところで、ちょうどよい退屈しのぎになるだろうと内心喜んでさえいた。
身につけたアイテムに仕掛けがあると踏んだゴールドマンは、モニター室で録画した映像の分析を始める。彼らが自分のカン通りコンビだと仮定すると、他のカジノでもカウント役は“不正なアイテム”を使用しているだろうと考えた。
「もしブラックジャックで彼らと勝負するとしたら……。勝負どころで、カウント役の身体検査をするのが楽しみだ」
モニター室でワインを飲みながらニヤリと笑うと、彼らの顔写真を他のカジノに送信する。
「ゴールドマンだが、もしこの顔が来ても勝負してやってくれ。私が不正を暴くテーブルに上がるまで」
受話器をあげ、それだけ言って電話を切った。
伝説の男とも呼ばれたゴールドマンの言葉に、他のカジノのディーラーや幹部たちも快く承諾した。
(絶対に彼が勝つに決まっている。なぜかって? 簡単だよ。彼は『ゴールドマン』なんだから)と。
ディーラーたちは、「しばらく見ていないミスターパーフェクトの勝負がまた見られるかもしれない」と密かに興奮しだしていた。