ビッグミリオン
『東京・中野』 四月二日
その頃、『チーム2』の貴子は朝霧外科医院に来ていた。チームメイトのまゆみと美香は、足取りも軽くとっくに海外に行ってしまった。
この病院は中規模程度の病院だ。待合室には十人ぐらいが待っていたが、貴子は前もって電話していたので裏口から特別に入れてもらえた。
「先生、内密の相談があるのですが」
貴子は長い黒髪をかき分けながら切り出す。
診察室には大林医師と看護士が一人しかいなかったが、彼は気を使って看護士を部屋から遠ざけてくれた。もうこの薬の匂いがする診察室には、二人しかいない。
「なんだい? 貴子ちゃんは娘の友人だから、なんでも相談してくれ」
椅子に座りなおし手を膝の上で組むと、親しげな笑顔で答える。
「まず、これをみてください。先日、ある事情で埋め込まれたものがあるんですが」
くるりと後ろを向き髪の毛を両手で持ち上げる。大林は彼女の白く細い首筋に顔を近づけた。
「何にもないが……あれ、これは何だ? 頭皮の下に何かあるな。じゃあ、早速レントゲンを撮ってみるか」
触診が終わると看護師に呼ばれ、レントゲン室に案内される。
大林の指し示したレントゲンの写真には〈丸い五百円玉ぐらいの物体〉が写っていた。
「こんなもの、どうして入れたんだね?」
怪訝な顔をして首を捻る。
「実は……」
貴子はジェスチャーを交えながら、今回の経緯をすべて医師に話した。
「うーん。取り出すと死ぬと言ったんだね。ひょっとして爆弾か何かかもしれない。今はもっと小さな爆弾もあるらしいからね。詳細な映像を撮りたいから、これから検査に入るよ」
難しい表情をした大林は看護士を呼び、何やら話したあと病室を出て行った。
数十分後、診察室のドアが開き大林が大股で入って来た。
「貴子くん、これは爆弾では無い。ただ、中心部に液体が詰まっている。液体の成分は取り出してみないと分からないが、取り出しても大丈夫かね? ここからは君の責任になるから、ゆっくり時間をかけて決めて欲しい」
看護士が見ていても気にする様子もなく貴子の手をとり、心配そうに言った。
「ええ、かまいません。こんな気味の悪いものすぐにでも取り出して下さい。私には今やることがあるんです」
「分かった。ところで手術そのものは全然難しくないが、ひとつ問題がある。報酬の件だが……」
言いにくそうに彼はそこで一度言葉を切った。
「分かっています。成功したら、私の取り分の千六百万のうち四百万を差し上げます」
「悪いね。出来の悪い娘を無理やり医師にするには、金がいくらあっても足りないんだ。では一時間後に手術を始めるから、少し待っていてくれ」
そう言い残すと準備のために診察室を出て行った。
一時間後、あっという間にそれは取り出された。確かに大きさは五百円玉ぐらいだが、裏面にトゲトゲの突起物がついていた。そしてそれを制御する精巧な基盤と、超小型の発信機の様なモノが仕込まれている。
「――無事成功したよ。しかしこれは何だろう。中身と基盤は、私の方で研究のため預かっ」
言い終わらないうちに、ピンセットの先につまんだモノから小さな火花が散った。基盤は溶け、中の液体は一瞬で蒸発してしまった。
だが、この程度の発火ではとても命に係わるとは思えない。ブライアンの言っていた〈DEATH〉とは一体何だったのだろうか。
麻酔が切れ少し傷跡が痛む様子だったが、彼女は紙袋から札束四個を取り出すと大林の机に置いた。
「本当にありがとうございました! これで安心してこのお金が使えます。実は、弟が保険の効かない病気でお金がかかってしまって……」
深々と頭を下げ、悲しそうに目を伏せた。
「そうか、君も苦労しているね。貴子くん、これからもうちの娘と仲良くしてやってくれるかな」
大林医師は少し考えた後、札束の一つを貴子の目の前に押し出した。
「先生! ありがとうございました」
目から大粒の涙がこぼれる。そして頭を深々と下げると、急ぎ足で病院を後にした。
しかし貴子は気づいていなかった。彼女に対するペナルティは、すでに始まっているということを。