ビッグミリオン
バトル開始
『チーム9』のマイクとジェフ、そして日本の大学生の小林将太はイギリスへ飛んだ。目指すはリバプール空港からタクシーで三十分ほど走った所にある『エイントリー競馬場』だ。
彼らの作戦では、四月の四、五、六日に行われる〈グランド・ナショナルレース〉に全てを賭けるようだ。
メインレースは六日の最終レースだが、三人はカウンティ・スタンド屋上チケットを三日分、百十五ポンドずつ買った。どうやらこの三日間で五十万ドルを少しずつ増やす計算らしい。
「帰りのチケット代を残して全額勝負!」がマイクとジェフの合言葉だ。
このレースは一八三九年から開始された世界最高峰の障害レースである。一周三千六百メートルのコースを二周走り、その間に障害柵が三十か所程あるので難易度が高い。
障害レースだけあって、能力のある馬でも何が起こるか分からないのが魅力であった。
「なあジェフ。もし最終レースで全部スったらどうする?」
機内食をがつがつ食べながらマイクはジェフに問いかけた。
「そうだな。そうならないように、ポケットに数束突っ込んで知らん顔しようぜ。日本に戻ったら残金没収って言ってたけど、少しぐらいならバレないだろ。ていうか、そうなったら日本に戻る意味も無いと思うんだが」
そう答えるジェフは、その身体の大きさから座席を二つ用意してもらっていたが、それでもまだ窮屈そうだ。
「まあ、律儀に戻ったとして、バレても没収されるだけだろう。ペナルティは無いだろうし。ショータはどう思う?」
マイクはアイマスクをして寝ている将太をひじで突っつく。
「ん? 着いたの? ……あれ、俺の機内食は?」
彼の前にある機内食を寝ぼけ眼で見つめた後、きょろきょろと辺りを見回す。マイクが指を指す方向を見ると、ジェフが二人分全てきれいにたいらげていた。
「それ以上太ると飛行機の入口に挟まるよ」
口を尖らせながら皮肉を言うと、元通りにまたアイマスクを付けた。
無事リバプール入りした三人は、トロスタネルズ・ネストホテルに宿をとる。ドルを全てポンドに両替したのち、来たる四日からのレースに備えて細かな作戦を立て始めた。
『チーム2』の日本人女性三人は、まずハイヤー三台をホテルに呼んだ。
まゆみ、美香、貴子は五十万ドルをすぐに三等分し、それぞれ用意したボストンバックに入れた。しばらくして黒塗りのハイヤーが相次いで到着すると、それぞれ一台ずつに別れ散って行く。
どうやら彼女たちは、最初から〈増やすことを諦めて〉いるようだった。
まゆみは今流行りの美容整形をする為に、香港に向かった。美香は彼氏と合流して結婚前のハネムーンに出かけるようだ。
そして貴子の乗ったタクシーは……友達の親が開業している外科医院の方向に走り出していた。
一方、『チーム1』と『チーム10』はスタートしてから急遽お互いに手を組むことにしたようだ。この合同チームにとって一番大事なものは信頼でも団結力でもない。……手元にある〈金のみ〉であった。
『チーム1』のアメリカ人二人と、ヤンと呼ばれる中国人の男性は逃げることを選んだ。ヤンにとって都合が良かったのは、偶然『チーム10』に彼の所属している巨大組織、龍星会のメンバーがいたことだ。そのメンバーの名前は紅花(ホンファ)と言う女性だ。特徴のある刺青がふたりの二の腕に刻まれていた。
「こんな美人が組織にいたとはな。楽しい旅になりそうだ」
ヤンは食い入るような視線で、ホンファのチャイナドレスを上から下まで眺めている。
『チーム10』は中国人三人組だったので、ホンファがリーダーとして仕切れば何も問題は無い。一般の中国人二名が龍星会に逆らう事はあり得なかった。
彼らの作戦は中国に飛び、龍星会の力でチップを外して〈百万ドルを六人で分ける〉段取りだ。もちろん組織にはそれなりの手数料を払うことになるだろう。
中国へと向かう飛行機の中で〈うまく立ち回ればアメリカ人を含め、他の四人の分け前を支払う必要が無い〉ことにヤンは気付く。中国は広い。いざとなれば四人とも殺して、埋めてしまえばそれで良かった。
数分後、邪悪な笑いを浮かべながらホンファの耳に口を近づけ、何やらこそこそと耳打ちを始める。ヤンの話に頷いていた彼女の唇の片側が持ち上がるまで、そう時間はかからなかった。
現在のチーム状況
チーム1 アメリカ人二名+ヤン 中国へ移動中
チーム2 まゆみ、美香、貴子 国内を移動中
チーム3 あつし、ゴリラ、おばあさん 目的地不明
チーム4 リンダ、モヒカン、サラリーマン 目的地不明
チーム5 タイ人二名+日本人一名 目的地不明
チーム6 ロシア人二名+日本人一名 目的地不明
チーム7 謙介、あずさ、紫苑 ラスベガスへ移動中
チーム8 アメリカ人三名 目的地不明
チーム9 マイケル、ジェフ、将太 イギリスへ移動中
チーム10 紅花(ホンファ)他、中国人二名 中国へ移動中