ビッグミリオン
「なるほど、お話は大体分かりました。俺たちが生きること、そして子孫に『鍵穴』を引き継ぐこと。これが権力者に対する唯一の抵抗ってことですよね」
「うむ。存在が知れないように細心の注意を払わねばならんな」
「じゃあ、遺伝的な意味で、俺とあずさが付き合ったのも偶然じゃないってことですか?」
「それはもう偶然じゃ。たまたまじゃ。しかし……何かが引き寄せあったのかもしれんな」
「ねえ、たまたまですってよ。良かったわね、紫苑くんに取られなくて。あ、ひょっとしてそっくりさんの武蔵くんが狙ってるかもよ? 彼、ハンサムだし」
エリザベートが何か吹っ切れたような顔をしながら俺を突っついた。
「だ、大丈夫ですよ。これから紫苑みたいな魅力的な男になりますから!」
あずさとエリザベートは口を押えてくすくすと笑った。
「よーし! じゃあ難しい話はこれで終わりだ。一週間前に俺の血液を信用できるヤツらに渡した。それが培養されて『H・ワクチン』になったんだと思う。今ごろは世界中の政府機関が大量生産しているだろう。近いうちに一時的だがまた平和な世界が訪れるはずだ」
春樹が立ち上がり、拳を握りしめて力説する。
「そうね。私たちの旅も、もうすぐ終わるね」
少し寂しそうにあずさがつぶやく。
やがて鬼頭小次郎以外は席を立ち、それぞれの想いを胸に部屋から消えて行った。最後に残った俺は聞き忘れた事に気付いてふと立ち止まった。
「さっき聞き忘れたんですけど。俺たちの曽祖父とあなたの父親はひょっとして……」
「うむ。今で言う特殊工作員じゃな。日本軍部に属していながら密かに命令された実験を行ってたからの。しかし、軽蔑してはならぬぞ。彼らは最後にしっかりと権力に一矢報いた。彼らの子供、子孫を想う気持ちは他の親たちとおんなじなんじゃ」
「はい。俺をあずさという女性に巡りあわせてくれて、今は感謝しています。普通に日本で暮らしていたら、一生巡りあわなかったでしょうから。この受け皿という立場は荷が重いですが、先祖の意志はしっかりと継いで行きたいと思います」
「頼んだぞ。今だから言うが、わしは鬼頭家の血と渋谷家の血が混ざる方に期待してたんじゃがな」
「おじいさん……」
「はっはっは。結局、先にブラックジャックを作り上げたのは君じゃったな。さて、明日の朝も早いから寝るとするか」
にこにこと笑っている彼を部屋に残し、俺は何かさっぱりとした気持ちで自分の部屋に戻って行った。
今夜の話でこの旅の謎が全て解けていく。俺はふかふかのベッドに飛び込むと、しばらく忘れていた心地よい深い眠りに落ちて行った。