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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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ビッグミリオン

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「約束する。――紫苑! あずさを、みんなを頼むぞ!」
「まかせてくれ。謙介さん、俺の方こそ親父を頼んだよ。必ず日本でまた会おう!」
「おう! 必ず帰る。おっと、あずさ、ちょっと汗臭いかもだけどこれ餞別に持ってけ。海は冷えるから」
 唇を一文字に結びながら身体を離したあずさに、着ていたサマージャケットを丸めて手渡した。本当はもっと気の利いたものを渡したかったのだが、今は他に何も無かった。
 もし俺が死んだら、彼女はそれを見るたびに俺を思い出してくれるだろうか。
 その時、その考えを断ち切るように、汽笛が腹に響くような音で鳴り響いた。俺のジャケットを小脇に大事そうに抱えたまま、あずさは紫苑に手を引かれうつむきながら乗船していく。モヒカンたちも、名残惜しそうに何度も振り返りながら船に乗り込む。やがて船はゆっくりと動きだし、岸から少しずつ離れ始めた。
「また会おうねー! 元気でねー!」
 デッキに上がった仲間たちが身を乗り出し、笑顔でこちらに手を振っている。袖で涙を拭いながら、あずさは無理やり笑顔を作っているように見えた。
「親父さん、ちょっとだけ時間あるかな? ひとつお願いがあるんだけど」
「いいよ、行って来いよ。俺はここで待ってるから」
 タバコを二本咥えて火を点け、一本をリザベートの唇に差し込みながらウインクする。
「ありがとう」
 車から飛び出ると、遠ざかる船に向かって走り出した。船はまだすぐそこだ。
「おーい! みんな元気でなー!」
「謙介さんたちもねー!」  
 俺は両手をちぎれるほどにぶんぶんと振って、仲間たちの旅立ちにエールを送った。自分でも気づかないうちに涙がだくだくと出て止まらなかった。


 灯台の光がゆっくりと船を舐めまわしてゆく。
「いつかまた、必ず会えるさ」
 紫苑があずさの肩に優しく手を置いた時、彼女の抱えていたジャケットから何かがひらひらと落ちた。それを拾い上げたあずさの顔に、激しい驚きの表情が浮かんだ。
 彼女が拾ったもの……それは、一枚の写真だった。
 ルクソールホテルをバックに撮ったその写真には、あずさを肩車した謙介が照れ臭そうに笑いながら写っていた。肩車をされているあずさも心から楽しそうな笑顔で、白い歯を見せてピースサインを出している。
 だが――その写真の裏には、殴り書きのような字で何かが書かれていた。
 男らしく大きな字で……『俺の宝物』と。
「紫苑、一生のお願い! ライフジャケットを探して!」
 鋭く紫苑を見つめるその眼は、何かを決意した女の眼だった。
「おい、おまえまさか?」
 今まで見た事の無いぐらいの、あずさの強いそのまなざしに紫苑は戸惑いを隠せない。
「これでいいのかしら? 思いっきり頑張るのよ」
 写真をこっそり覗き込んでいたリンダが、女にしか分からない何かを感じたのか、フックに並べられていたオレンジ色のライフジャケットをいつの間にか手に乗せている。あずさはそれを受け取ると急いで着込み、白いペンキを塗った手すりに手を掛けて振り向く。
「泳ぎは得意だし、足からいけば楽勝よね? あたしね、ひとつ謙介さんに言い残したことがあるの」
 紫苑はまだ戸惑っているようだった。この時、彼女の身体を心配していたのか。それとも……。
 もう一度確認するようにあずさの眼を覗き込んだ瞬間、それを境に彼の眼は優しいまなざしに変わっていく。
「船尾からならスクリューに巻き込まれる心配は無いだろ。だが、この高さだ。着水のショックは相当なもんだぞ。それでも行くのか?」
「ごめんなさい。――私ね、日本にいた時は、恋人と会えない理由を全部仕事のせいにしてたんだ。『今日は会えない、時間がない、電話に気付かなかったの』そんないい訳ばかりの女だった。それが、私を想ってくれる人の心をどれだけ傷つけたのかも知らずに。私、今まで男の人を一度も本気で愛したことはなかったんだと思う。本気で愛してたなら、わずかな時間でも、無理やり理由をつけてでも逢いに行くものでしょ?」 
「ああ、そうだな」
「でもね……謙介さんに会って、一緒に笑って、苦しんで、やっと気づいたの。何を置いてもずっと一緒にいたいんだって。私、彼を愛しているんだって。もう――絶対に後悔はしたくない!」
 船はゆっくりとだが、加速を始めている。飛び込むのはもう今しかない。
「我がまま言ってごめんなさい。じゃあ行くね。みんな本当にありがとう」
「向こうに着いてから怒られても、泣くんじゃねーぞー」
 感動したのか、モヒカンがまた目をうるませている。
「がんばれよ! でも、おまえが浮いてこなかったら俺もすぐ飛び込むぞ」
 紫苑は吹っ切れた様な笑顔を作りながら、彼女が手すりを越えるのに手を貸した。誰も知らなかったが、あのプールサイドでサングラスに隠した眼光は、この時点ではさっぱりと消え去っていた。今は二人の幸せを心から願っているように見える。もしかして彼は……あずさの事を本当に好きだった故に、彼女の幸せを一番に応援したかったのかもしれない。
 ばっしゃあああん!!
 黒い水面に白い波しぶきが上がり、そのしずくが月の光を浴びてキラキラと光った。少しの間あずさは海中に沈んでいたが、すぐに浮かび上がってくる。そして「大丈夫よ!」という風にデッキに向かって手を振った。そしてスクリューの水流に押し出されるようにして岸の方へとどんどん流されていく。
「あいつ、いつも謙介さんに置いて行かれてたからなあ。これからは今みたいに追いかけて行くんだな。あーあ、これからはたいへんだぞ」
 みんな目を見合わせながらくすくすと笑った。
「今のは何の音デスか?」
 水音を聞きつけたノブが血相を変えて走って来た。手すりにぐっと身体を乗り出し目を細める。
「OH MY GOD! あれは?」
「大丈夫、落ちたんじゃない。彼女は愛する男を追いかけて行っちゃったんだ。――あれが、日本の大和撫子さ」
「OH! ヤマトナデシコ! 日本の女性カッコいいデスね」
「だろ?」
 そろそろ向こう岸に辿り着く頃だ。デッキからは謙介の驚いたリアクションがぼんやりと見える。
「彼、驚いたでしょうね。彼女になんて言うかしら」
 リンダは足の痛みも忘れたのか、手すりに頬杖をつきながらうっとりした眼で微笑んでいた。


 紫苑があずさを気に入っている事を実は薄々感じていた。
「バタバタしてて、結局大事なことが言えなかったなあ。ひょっとして俺、やらかしちゃったのかも」 
 生ぬるい風に吹かれながら、俺は少しずつ遠ざかる船を複雑な思いで見つめていた。胃のあたりがきゅっと切なくなり、何か心の大事なピースが欠けてしまったかのような喪失感にいま襲われている。短い間だったが、あずさたちと過ごした時間は濃密で、ラスベガスで大勝負した時の場面などが目をつぶると鮮やかに蘇ってきた。
 少しして目を開けると、デッキの上で何かあったのかみんなが一か所に集まっているのが見えた。そのまま、遠ざかる船を目をこらして見つめていると……。
 ばっしゃあああん!! 
作品名:ビッグミリオン 作家名:かざぐるま