ビッグミリオン
気のせいかもしれないが、森の奥から多数の人間の呻き声が聞こえてくるような気がする。施設は今、どういう状態なのかここからでは知りようもない。しかし、この島でぐずぐずしていたら遅かれ早かれ感染してしまう危険がある。
「よし、おまえはそこのお嬢さんを担いでくれ。俺はケガ人を運ぶ。そこのガタイのいいヤツ! 少し手を貸してくれ」
「い、いいのか? このまま仲間でいても。俺の代わりにコイツがケガを……」
「当たり前だ。これからは『親子混合ワクチン』を作る事に、君の力を貸してくれ」
春樹のこの言葉でゴリラの表情はパッと明るくなり、バネのようにしなやかに立ち上がった。
「よーし、みんないるな? じゃあエンジンをかけるぞ!」
春樹は船外機のエンジンをかけると、慣れた手つきでもやいを解きながら叫んだ。
「目指すはパナマだ。そこで全てに決着をつけるぞ」
白い航跡を引きながら、意外と早いスピードでボートは桟橋を離れ滑り出した。
「なんだ? あれは……」
十分ほど東に走ると海上に炎がもうもうと上がっているのが見えた。
なんとそれは――さっき出発したあつしたちの乗ったクルーザーだった。それは炎と黒い煙を巻き上げ、今にも海中に飲みこまれそうに傾いている。
「こりゃ普通の事故じゃないな。どてっぱらに大きな穴が開いている。ミサイルか何かかな」
舳先から飛んでくる水しぶきを浴びながら春樹が叫んだ。この暗い海上では、もしあつしたちが生きていても救出はとても不可能だと思われた。
「逆にこれはチャンスかもしれないよ。俺たち全員が死んだと思っているかも」
「いや、俺はともかく、おまえは貴重な人間だと彼らは認識している。ジャミングの効いている島を出たからチップで判断できたのかは知らないが、おまえが乗っていないと分かっていたのかもしれない。そうすると疑問がひとつ残る。あの島の人間は凶暴化しているはずだから、まともに攻撃できる状態じゃない。とすると、おまえを狙うヤツらはいったい……」
春樹はタオルを鉢巻替わりにした頭を抱え込んだ。
「親父、今は考え込んでる場合じゃないって! とにかくフルスピードで陸地を目指そうよ」
波頭が砕けた水しぶきを浴びて、全員がもうびしょ濡れだ。
しばらくすると、疾走するボートの先には、黒い陸地と港の小さな灯りが見えてきた。暗く不気味な海とは対照的に、船底に寝かされた謙介とあずさの顔には、月の光が優しく降り注いでいた。