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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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ビッグミリオン

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「よーし、じゃあ次の船はあれだ。ま、動くかどうか分からないけどな。誰か手を貸してくれ」
 春樹の指し示す先には、十人乗りぐらいの古いボートが繋がれていた。所々塗装が剥げているが、どうやら船外機は新品で航行には問題無いようだ。このチームはいま、不思議な魅力を持つ春樹を中心にまとまっているようにも見える。
「あとは……待つだけね。二人とも無事だといいけど」
 あずさの言葉に全員が頷く。五人は船底の暗がりに身を潜め、これからの逃亡計画を検討し始めた。辺りには潮の香りが立ち込め、やがて打ち寄せる波の音が気怠く彼らを包んでいった。
「今、何か聞こえなかった? きっと謙介さんたちよ!」
 有効な逃亡計画も出ないまま、疲れのためか全員がうとうとしていた時だ。いきなりあずさが顔を上げてみんなを起こす。ここから森をぼんやり見通すことができたが、この深夜の暗闇では月明かりだけで人間の姿を確認することは不可能だった。
「待った、俺が見て来るよ。みんなそのまま隠れていてくれ」
 足音をたてずに紫苑が代表して森に近づいて行く。しばらくすると、また足音を殺しながら戻って来た。
「手を貸してくれ。ケガ人がいるんだ」
 それを聞いたとたんあずさは、一番に船から桟橋に飛び移ると、みんなが驚くような速さで走り出した! 森の出口にある太い木の根元になにやら人影が見える。一人は地面にうつぶせに倒れたままぴくりとも動いていない。
「うそでしょ? ねえ、謙介さんはどこ?」 
 紫苑たちもあずさに追いつき、次々に足を止める。あれは……ゴリラだろうか、大木にもたれかかりながら、ひときわデカい人影が肩を上下させていた。
「すまねえ。あれから少し経った時に、いきなり後ろから発砲されたんだ。何かに驚いてパニックになったヤツが、動くものに対して見境なく発砲した感じだった。とにかく、俺とこいつはラボに逃げこんだ。しばらくすると、ブライアンの野郎が部屋にひとりで飛び込んで来た。もちろん、片手に拳銃を構えながらな」
 月明かりに照らされて、うつ伏せに倒れている人間は……謙介だった。頭から血を流して意識を失っている。あずさは、膝をがくがくさせながら二、三歩謙介に近づいたが、そのまま声にならない叫びを上げて失神した。倒れる身体を春樹が片腕で優しく支える。そのまま謙介を仰向けにして首の脈を調べ始めた。
「大丈夫だ。まだ生きている。それから、何があった?」
「そのブライアンってヤツが、妙なことを言いだしたんだ。『こんなに早いとは。私を君たちの仲間の所に連れてってくれ』ってね。そしてまっすぐ俺に銃口を向けた。有無を言わさず俺を人質にして、コイツに案内させるつもりだったらしい」
 リンダも謙介に駆け寄り、側頭部からの出血を必死にハンカチで押さえている。
「だが、そいつの次の言葉は、ますます俺には理解不能だった。いいか? そのまま言うぞ。『鍵穴は父親だと連絡があった。息子とその父親さえ手に入れば、全てが上手くいく』と。そして……その後すぐに恐ろしい事が起こった」
「恐ろしい事って?」
 いらいらした様子で紫苑が先を促す。
「信じられないかもしれないが、部屋の外でたくさんの獣がうなるような声が聞こえたんだ。ドアは軋み、今にも破られそうだった。ブライアンは俺に拳銃を向けたまま、廊下に繋がる小さな窓を開けた。すると……」
 ゴリラの顔には恐怖の表情が浮かび、唇がわなわなと震えた。
「ドアから無数の手が出てきて、一瞬でヤツが引きずり出されたんだ! たぶん喰われたんだよ、軍服を着たあいつの部下たちに!! 若い女も混ざっていて、そいつもがっぷりとブライアンの首筋に食らいついていた。あの顔……あんなの人間の顔じゃねえ!」
 頭を抱え、ゴリラはしゃがみこんだ。
「ねえ、ひょっとしてそいつらは感情むき出しで、動物の攻撃本能だけで動いてる感じじゃなかった?」
 紫苑がゴリラの襟を持って立たせながら聞いた。
「ああ。デタラメな動きだけど、ためらいも無く引っ掻いたり肉を噛みちぎったりしていたな。まるで、映画で見たゾンビのような動きそっくりだった」
「なんてことだ。それは――シーズン3だね。アーノルドから聞いていた通りの症状だよ。なぜこの島で急にウイルスが進化したかは分からないけど、ウイルスの最終形態がついに姿を現したんだ」
 紫苑はゴリラを立たせると、少しだけ距離を置いた。ゴリラからは、感染者に触ってしまったから身を引いたような感じに見えたかもしれない。
「じゃあ、俺も感染してるかもしれないってことか? 廊下の惨劇を見て、コイツがすぐにドアをロックしたけど……。おい! 汚い物を見るような眼でこっちを見るんじゃねえよ!」
 謙介を担いできた時に着いた血なのか、血まみれの手のひらを狂ったようにごしごしと擦り出した。
「そこまでは分かった。でもさ、謙介さんは何故こんなケガをしているんだよ」
 彼をこれ以上刺激しないためか、紫苑は優しくゆっくりと質問した。
「それは、最初の発砲の時に俺を庇ってくれた時のケガだ。どうやら俺の背中に向けて二発発射されたらしい。身体がデカいから狙いやすかったのかもな。一発目は幸運にも外れたけど、二発目は正確に俺を捉えていたと思う。その時、横にいたコイツが俺を突き飛ばした代わりに……。結局、俺たちはブライアンが襲われている隙にラボの裏口のドアから逃げてきたんだが、とうとうコイツは森の中で意識を失って倒れちまった。『もうすぐだぞ、頑張れよ!』ってそれまで俺を元気づけてくれたりしてたのに、き、急に動かなくなっちまって」
 デカい図体に似合わず、顔を覆いすすり泣きを洩らし始めた。もしあつしなら絶対にそんなことはしなかっただろう。ゴリラが撃たれている隙をみて、とっとと逃げてしまうに違いない。
「耳の上を銃弾がえぐっているようだね。脳震盪を起こしているけど、ここでは脳の内部までは診断できないな」
 紫苑は手で傷口を確かめると冷静に分析した。そして春樹をじっと見つめると、答えを求めるような眼で言葉を促す。
「――今聞いた話を総合すると、どうやら俺が『鍵穴』らしいな。俺の親父、つまり鬼頭小次郎が昔言った言葉をいま思い出したよ。『鍵と鍵穴はずっと一緒にいてはならない』ってね」
「鍵と鍵穴? つまり俺と親父の血液のことかな? じゃあ……」
「ああ。俺の会社が不可解な力で潰されたのは、親父の圧力だったのは後から分かったことだ。あの頃、俺は一代で築いた会社が理不尽に潰され、精神的にやられていた。酒を毎日浴びるように飲み、妻にもひどいことを言ってしまった。だがな、これは決して鬼頭小次郎のせいではない。もう一度踏ん張れば良かったんだが、結局は逃げてしまった。心の中では二人とも愛していたのに。おまえにも辛い思いをさせてしまったな。許してくれ、紫苑」
 深々と頭を下げる春樹を見つめる紫苑の眼には、すでに恨みの感情など微塵もなかった。
「もういいよ、親父。こうして会えたんだし、俺も大人になったんだ。とにかく、謙介さんを船まで運んで出発しよう。感染しているかどうかは、今は判断できないんだからさ」
作品名:ビッグミリオン 作家名:かざぐるま