ビッグミリオン
「いいか? このブロンド姉ちゃんの案は悪くないけど、買い手を見つけて十日間で売りさばくのは大変だぞ。なあ、そこのリーマンさんよ、お前も本当はそう思ってるんじゃないのか?」
そのまま身体を小さくして座っているサラリーマンに顔を近づけ、あつしは威嚇するように顔を上下に動かしながら睨んだ。
「ええ……まあ」
蚊の鳴くような声でサラリーマンは答えた。彼は本当に気が弱いように見える。
「あ? 聞こえねえよ。まあいいや。とにかくこの談合をうまくまとめて、一人五千万円持って帰ろうぜ」
面倒くさそうに頭を掻くと、ニヤリと笑った。
「よし、代表を出してくじ引きで決めよう。双方メリットがあるんだから、これが一番公平じゃないか? 明日、どっちがどっちに金を渡しても恨みっこ無しだ」
あつしはそういうと用意していたくじを二本出した。割り箸の先に赤いしるしがついている方が当たりだ。『チーム4』のモヒカン君が目をつぶっておばあちゃんに渡し、それをあつしとリンダで引くことになった。ゴリラが先攻のじゃんけんの審判を請負う。もう完全にサラリーマンは蚊帳の外である。
結局、あつしが勝ち同チームであるメガネのおばあちゃんの手からくじを素早く引いた。
引く前におばあちゃんがあつしに目くばせしたのをサラリーマンだけが見ていたが、何故か一言も言わずに黙っていた。
「おっと当たりだ、わるいな。じゃあ明日スタートしたらすぐに五十万ドルをこっちに渡してもらう。文句はないな?」
「しょうがないわね。その代り、今すぐここで契約書を書いてもらうわよ。いいわね?」
リンダは何か納得できない様子だったが、負けたものはもうくつがえせない。
「分かった。山本君、紙とペンを持ってきてくれ。みんな印鑑は持参してるだろ? いま契約書を書くから、判子を押してくれ」
あつしはゴリラに紙を用意させると、妙に手慣れた様子で契約書を作った。
【甲(チーム3)は、乙(チーム4)から四月一日に五十万ドルを譲渡されることとする。甲はそれによって利益を得た場合、乙に対して速やかに利益の半分を渡さなければならない。なお、下記六名の署名を以てこの契約は全員が了承した事とする。三月三十一日 資産管理者代表 御手洗あつし】
「こんな感じでどうかな? 簡単なものだがこの契約書がある限り、俺たちスリーはフォーに後で百五十万ドル支払うわけだ。一瞬で一人あたり五千万円、最高だろ?」
あつしはにっこりしながら契約書を全員に廻した。
「OK! 一応全員コピーをもらっとくぜ。明日が楽しみだな」
モヒカンも契約書ができたことで満足したようだ。全員が判子をつき、談合は無事に終了した。あとは明日の正午過ぎに金を受け取ってさっさと帰るだけだ。
ただ、この時『チーム4』のサラリーマンだけは、何か別の事を考えている様子だった。
『新宿 雑居ビルの一室』 同時刻
「『チーム3』と『チーム4』が同じ部屋に集まっています。どうやらあの方法を使うみたいですね」
ブライアンの部下のカエラが、透き通るような声で報告する。
彼女はニューヨーク出身で元モデルの美女だ。ブライアンの右腕として、今回のこのイベントに深く関わっていた。
「音声を拾え。この方法を思いつくのはまあ当然として、本当にやるヤツがいるとは。うまく行くわけがないのに」と、あきれた顔で肩をすくめる。
「私の予想ではシミュレーション通りになると思いますけどね」
ヘッドホンを外すとふふっと微笑んだ。
「そうだな。人間は大金がかかると豹変する。一応彼らを待機させとくように。私は明日に備えて休むから、後はよろしく頼む」
背伸びをひとつすると、部屋を出て行く。
その後ろ姿を見送るカエラの眼は上司を見るというよりも、まるで〈恋人を見るような視線〉をその背中に送っていた。