鬼蜘蛛女郎
彼女の見せている口元の笑みが、彼女の心情を物語っていた。
表情を窺う事は出来ないのに、陽助にはその口元の笑みが、ひどく愛おしい物に思えた。
今すぐにでも、この哀れな女子を抱きしめてやりたい感情に駆られた。
あわや、あと少しの所で、情に従い、体が動いていた所だが、そんな陽助をいさめたのは、突如背後で上がった物音だった。
ガタリ、ガタリという重い何かが動いている様な、鈍い音を聞いて、陽助は思わず体を震わせた。
あわや、飛び上がりそうになったが、すんでの所でそれを堪える。
「心配せんでええよ」
そんな陽助の様子を見ながら、紗江は安心させる様に口にした。
「ただの風の音やから。こん辺りは、風が強いんよ」
なんだ、風の音だったのか……と緊張の糸を緩めた途端、代わりに恥ずかしさがこみ上げて来た。
たかが、風の立てる音に、どうして自分はあんなに驚いてしまったのか。目の前の紗江は平然としていると言うのに。何とも、男としてなさけない事ではないか。
何も言うことが出来ずに、視線を落とし囲炉裏を見つめると、紗江がくすすと笑った。
「旦那はん、かいらしいとこもあるんやね」
紗江の言葉を聞きながら、陽助は何とも情けない心地で面を上げた。
「別に、馬鹿にしてるわけやないんよ」
再び安心させる様に口にしてから、紗江はぽつりと言葉を零した。
「ただ……旦那はん、えらい色男やさかい……様になってる思うてな」
紗江の言葉の響きの中に、艶やかな色気を感じて、陽助は彼女と自分の考えている事が、ぴったりと重なるのを感じた。
もう、ためらう必要などない。
陽助は体を浮かせると、そのまま紗江の口元に唇を重ねた。