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鬼蜘蛛女郎

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参 女郎の糸


春を迎えた獣の様に、陽助と紗江は互いの体を貪り合った。
囲炉裏の炎が、チロチロと揺れる部屋の中で、互いの呼吸の音が、静かに木霊していく。
 それを聞きながら、男女の身体は益々に盛り、やがて、どちらともなく果てた。
「はぁ……。旦那はん……夜の方は、結構激しいんやね……」
陽助と体を重ねたまま、紗江は荒い呼吸と共に言葉を零した。
言われた陽助は、どう反応を返すべきなのか分からずに、困惑した様子で言葉を返す。
「い……いやぁ。ここ最近の所、無沙汰だった物ですから……」
それを聞くと、紗江は面白そうにけらけらと笑った。
「まぁ、そないな事言うて。旦那はん、やらしいわぁ」
 今度は、何も言葉を返す事が出来ずに、陽助はただほんのりと顔を上気させた。
からかわれて、恥ずかしい思いがあったけれど、不思議と嫌な感じではない。
陽助は、囲炉裏の炎を見つめながら、紗江の体の温かさを感じた。
心地の良い、温かな沈黙が部屋を包む。
パチパチと爆ぜる囲炉裏の音だけを聞きながら、しばらく二人はそうして互いの体温を感じていた。
そんな中で、不意に紗江が切り出す。
「旦那はん……うちな、こうしてあんさんと一夜を共に出来て、良かった思うてるんよ」
艶やかな吐息を零しながら、紗江は言う。
「うちな、ずぅっと寂し思いしてたさかい、旦那はんみたいな人の温かさがほんま嬉しいんよ……そやからな、旦那はんとお別れするん……結構辛いねん……」
紗江の言葉を聞いていると、陽助は何とも言えない辛さが胸の内に広がって来るのを感じていた。
放浪を生業とする自らの生き様が、途端に煩わしい事の様に思えて来てしまう。
放浪することなど止めてしまえば、ここで紗江と暮らしてゆけるのに。彼女に、寂しい思いをさせずに済むというのに……。
彼女と生きていく未来を思いながら、陽助は頭を悩ませた。
「……せやけどな、しゃーないねん」
不意に漏れた紗江の言葉は、陽助に対して言っている様にも聞こえた。
「心苦しいけど、こればっかりわ……な」
寂しさを堪える様に、声を絞る紗江に対して、それは自分も同じだと、声をかけてやりたくなった。
だけれど、胸の内のこの想いを、どう言葉にするべきなのか分からずに、陽助はただ唇を噛む。
素直に「ずっと傍にいてやる」と言えない自分がもどかしかった。
結局、気の利いた事は何も言えぬまま、再び部屋の中に彼女の言葉が木霊する。
「うちな……あんさんに謝らなあかん事があんねん」
何を謝る必要があるのだろうと、陽助はぼんやりと考えた。謝るのは、自分の方のはずなのに。
布ずれの音を聞かせながら、紗江がすっと体を起こす。
「うち……あんさんに嘘ついた」
囲炉裏の炎を背景に、彼女の輪郭が揺れた。
「デキモンの話したやろ……あれな、全部嘘なん」
「えっ?」
彼女の突然の告白に、声が揺れた。
全て嘘というのは、一体どういうことなのか。
今まで抱えていた想いを、全て突き崩された様な感覚だった。
あの言葉が全て嘘だったというのなら、彼女の顔に出来物などあるはずがない。それならばなぜ、彼女は一度も……それこそ行為の只中でさえ、あの笠を外すことがなかったのか。
「顔を隠さなあかん理由があるのは、ほんまの事や。デキモンいうんも、ある意味ではまるっきし嘘いう事もない」
唖然とする陽助を見ながら、彼女はすっと立ち上がると、今まで外すことのなかった笠に手をかけた。
「ほんまは、最後まで黙ってよう思ってたんやけどね。やっぱし、旦那はん良い人やけん。見したげるわ」
彼女が笠を外すまでの間、陽助にはそれがひどく長い事の様に思われた。
周りの音も何も聞こえずに、無音の中、すっと紗江が顔を隠す笠を取り去る。
その下から出てきた顔を見て、陽助は「あっ」と声を上げた。
「驚いたやろ」
ふふふっと、聞きなれた声で紗江は嗤った。
「コレがうちが顔隠すワケなんよ」
笠の下から現れた顔は、とても整った美しい顔だった。それこそ、どうして隠すのだと問いたくなるほどに。
しかし、額の方に目をやると、彼女が顔を隠すのも頷けるというもの。
彼女の額からは、鬼の様な金色の角が二本、皮膚を突き破って、飛び出していた。
それは、人と呼ぶにはあまりに異質な姿である。
山へ入る前に、村人に言われた言葉が頭を過った。
「こん山に伝わる鬼の話、あんさんは知っとる?」
味わった衝撃からか、喉元に出かかった言葉がそれ以上上がらずに、陽助がだんまりしていると、紗江は一人で話を続けた。
「まぁ、あんさん旅の者やし、知らんやろうな……えぇ、知らんでも無理ないわ」
紗江は、陽助の方に顔を向けると、妖しく微笑んだ。
「うちらわな……その鬼の血を引く末裔なんよ」
紗江が言うと、先ほどの襖の奥で、何かがガタガタと物音を出した。
「ああ、もうねーはん静かにしてぇな。今話してる途中やけん」
襖の向こう側に何かに、紗江が言葉をかける。
しかし、それでも物音は治まらず、面白がるように益々大きくなってしまった。
「世話焼けるなぁ……」
呆れた様に、紗江がふぅとため息をつく。
「うちの姉さんどすわ。久しぶりの色男だもんで、よっぽど嬉しんやろなぁ」
ふふふっと、愛しそうに笑いながら、紗江は襖の所へと向かって行く。
「止めろ」と声をかけたかった。声を出せずにいる自分が、情けなくてたまらない。あの女が襖を開けてしまったら……自分はもう助からないだろう。
襖の前まで来て、紗江は陽助の方を振り返った。
「さっき、鬼の話したやろ。末裔言うても、ほんまもんの鬼いうわけやない。半分はあんさんとおんなじ人間なんよ。……これ、どないな事か分かる?」
囲炉裏の炎に照らされながら、紗江は唇の端を歪めて、気味悪く嗤った。
「ある女子がな、山ん中歩いとったん。そんやけど、途中で鬼に襲われてしもうてん……もう、後は分かるな?」
ケケケと、物の怪の様な声を立てて、紗江は嗤った。
「そん女が鬼に犯されて……そんで生まれたんが、うちとねーはんなんよ」
そこまで言って、紗江は何か悲しみを堪える様に、うつむいた。
「うちは、角以外は普通の人間と変わらんのやけん、笠被っとったら、何とかなるけど……しかしねーはんは哀れやわ」
紗江は、悲しげに微笑むと、そっと襖に手をかけた。
「止めろ……!止めてくれ……!」
そう声を上げようとしたが、声は出ない。
必死に体を動かして、逃げ出そうとしたけれど、麻痺でもしたみたいに、体は全然思い通りに動かず、起き上がることしたも出来なかった。
「ああ、ああ。無駄なんよあんさん。もう、逃げられんのやけん……覚悟しなはれや」
どこか哀しげな視線を陽助に投げかけながら、紗江はそっと襖を開いた。
その向こう側から、ずるずる……ずるずる……と体を引きずる様な音が聞こえて来る。
「こないな醜い姿で生まれて……。もう人間やのうて、別の何かやわ……」
作品名:鬼蜘蛛女郎 作家名:逢坂愛発