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喜多見と高垣

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「やっぱこう、俺からフェロモンでも出てるのかね」
「男にモテても嬉しくないでしょ」
「でも、今は別に女を抱きたいってわけでもないんだよな」
「すいません……」
「喜多見、なんか聞こえないか?」
「それはこっちも思っていた所だよ。空耳じゃないかな?」
「ちょっと!」
 叫び声でやっと、二人は足を止める。
「なんだよ、やかましい」
「人がさっきから呼んでるのに、なんですか。その態度」
「別に呼んでなんて頼んでねーよ」
「ごもっとも」
「こんな美人に声かけられたら、普通は立ち止まるものですよ」
「あぁ? 貧乳に用はねえ。消えろ」
「な……」
 高垣の容赦ない一言に、彼女はたじろぐ。
「ごめんね、高垣はそういう所あるから。ボクは別に抱ければなんでもいいけど」
「……いや、そう言う意味じゃなくてですね……」
「ああ、解ってるよ。僕ら二人に世界を救ってほしいとか、そんなんでしょう?」
「へ?」
 びっくりしたのは、彼女の方だった。高垣と喜多見の二人は、平然とした顔で笑っている。
「いやー、もう何回目になるかわからないよね」
「通算して数えるなら、十回目になるぞ。あんたみたいに予めアポを取ってくれるならまだしも、強制的に連れて行かれるのはもうごめんだ」
 頭をぽりぽりと掻きむしりながら、高垣は鞄を地面に放り投げる。
「最初に言っておくが、俺たちゃ面倒なのは嫌いだ。だから断る」
「ちょ、ちょっと! それでも正義の味方なんですか?」
「別に自分から正義になったわけじゃないよ。勝手に頼って、勝手に滅んで、それで僕らのせいにされても困るんだから」
「……」
「だいたい、世界の危機と言ったって、俺ら二人で解決できるような危機が大事だとでも思ってるのか? この貧乳」
「胸が小さいのは関係ないでしょう!」
「あるさ。襲っても面白みがない」
「……うん、つまりそういうこと。諦めてくれると嬉しいんだよね。僕ら二人じゃなくても、もっと凄い人間はいくらでもいるんだからさ」
「……もう何人もの救世主を送り込んで、それでも誰一人として、救えなかったんですよ?」
「だからなんだ、うっとおしい。そいつらに同情しちゃいたくなるぐらい、身勝手じゃねえか。ふざけるな」
「好奇心は猫を殺す。最初から滅びる定めだったってことだよ、運が無かったと思って諦めるんだね」
「あなた達は……!」
 殺意を持って、二人を睨みつける目。気にすることなく、二人は帰ろうとする。
「自分の世界の心配をするより、こんな暗い所で女が一人立ってることに対する心配でもしとけ」
「そうだね。何か来てるのにも気づいてないし、よほど平和ボケしてたんだろうね、君」
「えっ?」
「見つけたぞ、王女!」
 唐突に、そして吝かに、この空間へと何かが姿を現した。まるで、瞬間移動でもしてきたかのような、恐るべきスピードで。
「貴女は、悪魔神官アポステル……!」
「王国のどこを探しても居ないと思えば……こんな辺鄙な世界に助けを求めに来ていたなんて、滑稽で笑ってしまうわ」
「高垣、どう?」
「悪くない。そこのチンチクリンよりはそそる」
「それで、そこの二人が王女の探していた【救世主】とやらか?」
「いや別に? そこの王女がどうなっても俺たちの知る所じゃないんで。勝手に連れ帰って調教でもなんでもしてやってくれ」
「はぁ?」
「僕たち何も見てませんからー。何も見てませんからー。気が変わらないうちに帰ってくれないと――そうですね、襲っちゃいましょうか」
「ほう……魔王様からの忠誠の証、魔のメダリオンを持つ私に対してそのような暴言を平然と吐くとはな……」
「くっ、二人とも、彼女を怒らせたら生きて帰ることはできない!」
「おう」
「そうですか、見逃してくれるわけじゃないんですか」
 喜多見がまた、笑う。それに続き、高垣も笑う。
「おう、相棒。何秒欲しい?」
「十秒もあれば上等だと思うけど」
「了解」
 ふっ、と空気が変わったかと思った瞬間――王女と悪魔神官の視界から、二人が姿を消した。風のように、空気のように。
「消えた!?」
「嘘っ、さっきまで何も感じなかったのに……!」
「ほーい」
 眼前に、現れ、痛みが走る。
 一瞬のうちに走った痛みが、あっという間に悪魔神官の全身を駆け抜けていく。
「いぎっ!」
「おわりー」
 重なるように、また衝撃。
 閃光のような速さで、戦いは終わりを告げた。
 地面に倒れ伏せ、悪魔神官はさっきの男のように、ぴくぴくと身体を震わせる。
「なまったんじゃないか?」
 高垣は神官の持っていた杖をへし折り、ライターで燃やす。それを見ながら、喜多見は煙草を取り出し――火を付けた。
「この前の面倒事が、数ヶ月前だよね。ブランクがあるとは思えないけど」
「本気出したらお前の方が強いのは間違いないんだけどな……で、神官さん。まだやるかい?」
「ひっ……」
「へぇ、面白いな。調子こいてる奴ってのは、男女ともにそう大差ないみたいだ」
「女性な分だけ、興奮するけどね。杖も折ったし、さっきの一撃で魔力回路は切り離した。君、わりとゲームオーバーだよ」
「あう……」
 そのまま、気を失った。戦意は無い。
「……正義? こんな連中に、正義が?」
 一部始終を見て、腰が抜けたのか――王女はその場から、動くことすらできなかった。
「最初のころは、頑張ってたよね」
「何回も呼ばれてたら、そりゃマンネリにもなる。なあ――お嬢ちゃん、さっき言ってた、魔王軍とやら。美人はどれくらいいる? 具体的に言えばボン、キュッ、ボンのナイスバディ」
「……わ、わからないけど……四天王と呼ばれる連中は、みんな女性型の魔物だとは……」
「はい決まった! 決まったぞ喜多見!」
「さぞかしいじめがいがありそうだねー」
「え?」
「一週間ほどサボることになるが、テストはいつだっけ?」
「来週だよ。しょうがないから、テスト終わってからでもいいよね?」
「……あ、はい」
「その間はそこの神官にでもお世話になるとしようか」
「君もどう?」
「え、遠慮しておきますが……」
「一人も二人も大差ないよな?」
 倒れていた神官を拾い上げ、王女も担ぎあげる。
「ちょ!」
「人間、欲が一番だからな!」
「へ、変なことする気じゃ……」
「して悪いか」
「悪い!」
「だいたい、外部からやってくるようなのって、思ったよりも弱かったり、情けなかったりするんだよね。ボクと高垣が色々と面倒くさくなったのも、そんな奴らにばかり呼ばれてうんざりしたからなのさ」
「あとはまあ、そこらの女よりよほどマシなのが抱ける。そんぐらいか」
「でも君、変なところで紳士だよね。村娘に一切手を出さないわりに、敵の敗残兵や味方の騎士を相手にしてたし、見境なく盛ってた一年や二年のころの高垣とは思えないよ」
「ほら、こう……なんだ? 勇者様~、って頼られてパコるより敗残兵とヤる方が興奮するっていうか」
「……下種」
「それ正解だわ」
「普通だったら魔王とか、そういう悪役が言うようなことを平気でやるからね、高垣って。長いことこんなのやっていると、変わっちゃうものだよ」
「ま、良い思いさせてくれるんだからそれに見合った働きはこなす。それが俺と喜多見の流儀なのさ」
「……信じていいの?」
作品名:喜多見と高垣 作家名:志栗 悠