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喜多見と高垣

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それもまた、日常

「よう」
 教室の横で、けだるそうにしている男は、聞き慣れた声に反応して――顔に乗っていた雑誌を無造作に机へ投げこみ、声の方向を見る。
「……高垣か。酒ならないよ」
「何を言うかね、喜多見。いくら俺とお前が酒豪だからって、学校の中で飲むほどではないが」
「教室じゃないなら、良いと思うけど。どうせお前、持ってるんだろう?」
 高垣と呼ばれた男は、学生服の懐からスキットルをちらりと見せた。喜多見の顔がほころんだかと思うと、そのままがばりと椅子から跳び起きる。
「つまみはお前持ちだが」
「こんなもんで、どうだい?」
 薄っぺらい学生鞄から、サラミとジャーキーを放り投げる。到底、高校生の鞄に突っ込んであるような食料ではない。
「勉強道具のひとつも突っ込んでないのか、全く」
「それを言うなら、酒と携帯電話しか入っていない鞄を持ち歩く高垣だって似たようなものだよ」
「言えてるなぁ」
「で、だ。高垣、喜多見、お前たちは教員が居る目の前で何を堂々と法律違反の会話をしておるのだ」
 教卓の方には、すでに教師が現れていた。時計はもう、昼休みの終わりを告げている。
「あ、すんません。今日はもう早退ってことで」
「酒を飲むのは別に構わん!お前ら二人はいつになったら卒業する気なんだ!」
「ズレてるな、先生。確かに俺と喜多見は二回ほど留年しているが、だからなんだ!」
「いつまでも同じクラスに居座られているとこっちの気が滅入るんだ! そのくせ成績自体は高水準、肝心のテストはほぼサボる!」
「あーあー、カッカしてると血管切れちゃいますよ、崎山先生」
「ぐぐ……」
「明日はまともに授業受けるんで、その時はよろしく。行こうか、高垣」
「なあ、喜多見。明日ってそもそも崎山先生の授業あったか?」
「四時間目だ、忘れるなよ!」
「ありがとうございます、それではクラスの諸君――また明日」
 悪びれる様子も無く、二人は教室を千鳥足で退出していく。
「……あの二人、いつもあんなんだよな」
「2年前に見た時からずっと同じだけど、まさか俺たちと同じクラスになるとは思わなかったね」
「そこが素敵だと思うよー。ふふん」
 ポニーテールの学生が、くすりと笑う。
「大体さぁ、野郎二人が日常的にあんなベタベタしてるなんて、何かないわけないでしょ。デキてるとしか思えないってぇ」
「いや、その意見はおかしい」
「別にホモではない」
 崎山先生が、女子生徒を指す。
「私は彼ら二人を一年のころから見ているが、少なくとも女日照りではないし、ましてや同性愛なんて考えられんぞ」
「え、ヤリチンだったんですか?」
「君も直球だな! 校内セックスとかしょっちゅうで、見かけるたびに停学だったが……確かに、いつからかそんなことも無くなったな。不思議なものだ」
「歳を取ったからでしょうかね。それとも、やっぱりホモ……」
「そういう方向に持っていくのはやめたまえ」
「しかし、実際なんで二人は留年してるんでしょうか。頭悪いわけでもないだろうし……素行はこの際置いておくけど」
「あー……そういえば、数年前に失踪してたって聞いたけど」
「この話はそこまでにしておきたまえ。あまり授業がつぶれるようなら補講も有り得るぞ?」
「わぁ、そりゃ勘弁です」
 
「これで終わり」
「二人分持ってきたとはいえ、案外すぐだったな」
 屋上では、空のスキットルとサラミの残骸が辺りに散らばっていた。
 当然、誰が散らかしたのかと言えば、この二名だろう。
「良い気分だなあ」
「いつものことだろ。でもまあ、青空眺めながら飲む酒が美味いと思ったのは、久しぶりだな」
「最近飲んでなかったから、なおさらだね。で、どうする? ゲーセンでも行くかい?」
「ファミレスだろ。お前のおごり」
「えっ何それは……サラミ沢山食べてたじゃないか」
「足りねえ」
「しょうがないなあ、いつもの所、行くか」
 スキットルを懐に仕舞い、二人は屋上を後にする。
 校舎の階段を悠々と降りて行く二人は、ふと時計を見る。
「授業が丁度終わったからか。こんなに生徒がいるの」
「まあ、いいでしょ」
「それもそうだ」
 ほどなくして、下駄箱の前に辿りつく。慣れた手つきで下駄箱を開けると、そこには一通の手紙が入っていた。
「また果たし状……」
「喜多見が気にする必要は無いだろ。相手にしてたらキリがない」
「行かなかったら行かなかったでクラスまで来るよね」
「ま、それもそうだ。でも、今はこんなもんよりファミレスでダベるのが重要だ」
「高垣は変わらないね、昔から」
「そのめんどくさがりな性格は、昔からずっと同じだよ。俺もお前も」
「それもそうか。じゃあ、行こうか。高垣」

 時間は過ぎて、午後六時。
 いつのまにやらファミレスは、夕ご飯を食べにくる客であふれていた。
「二時間も居座ってたら、流石にまずいか。そろそろ出ようぜ」
「それもそうか」
「あぁっ! やっと見つけたぞ!」
 ファミレスの入り口で、彼ら二人を見て柄の悪そうな学生が叫ぶ。
「き、喜多見に高垣……こんな所で油売ってやがったか!」
「なんだ喜多見、知り合いか?」
「どう見ても初対面だよ」
「あの、お客様……」
「ねえちゃんに用はねえんだ、あいつに用が……」
「店に迷惑かけちゃいけないって、かあちゃんに習っただろ?」
 高垣が、ギリギリと男の腕を締め上げる。
「痛っイイ……お、折れるぅ」
「ごめんね、店員さん。今度また食べにくるから」
「お代は喜多見が払っておくから、よろしく」
「……ま、そういうことで」
 ファミレスの外へ出ると、数名の学生が入口を塞ぐようにして立っていた。
 ああ、なるほど。そういうことなのか、と二人は瞬時に理解する。
「こういうことされると、入りづらくなるんだが……」
 締め上げていた男を叩きだし、じっと見つめる。
「いまどき学校を誰が仕切ってるかなんて、どうでもいいよ。そろそろ卒業する気だったし」
「うるせぇ、誰が強いかってのが重要なんだ! そのためにはあんたら二人は、俺達にとって目の上のたんこぶなのさ」
「言っても解らんようだな、今回も」
「そうなっちゃうよね」
「え? 今回も……?」
 にっこりと、喜多見は笑いながら――リーダー格の男に、パンチを入れる。
「げぼっ」
 嗚咽を上げながら、男は地面にキスをする。ぴくぴくと、腹部を抑えながら呻いているその姿は、数秒前まで自信満々だった男とは思えないほどだった。
「まだやる?」
「あ、あにき!」
「さっさと帰って寝たいから、このまま穏便に済ませてくれよ」
 口では優しいことを言うが、高垣自身は一戦やるならやってしまう、というような感じの雰囲気を出している。
「ど、どうする……?」
「ここで逃げたら男がすたる……やるしかねえよ……」
「いや、逃げるのも実力のうちって言うけどな」
「逃げないなら――ま、いいか。やっちゃおう、高垣」
「あいよ」

 だいたい終わって夜も更けて。
 月明かりに照らされながら、二人は夜の道を歩く。傷一つないその姿が、先ほどの惨状を物語っている。
「なんでこう、俺たちは喧嘩に巻き込まれるんだ?」
「何でだろうね」
「あのー」
 唐突に、背後から声が聞こえてくる。だが、二人は――
作品名:喜多見と高垣 作家名:志栗 悠