Butterfly Effect
Butterfly Effect ♯04
目の前に、灰色の蝶々が、ひらひらと浮かんでいる。
「……何が望みなの?」
蝶々の機械じかけの複眼が、私に望んでいるもの――私の願いを叶える為に、必要な代償――それが何か分からないで、私は困っている。
オーロラ色の蝶々は、私の願いを受け取って、とっくの前に蛍光灯の中に飛び去っていった。
私の願い。
*****
「山本君を生き返らせて……お願い」
インターハイ、全国大会出場の権利を手にした山本君、その帰り道、2tトラックに吹っ飛ばされてしまった。ぐしゃぐしゃになってしまった山本くんの体……乗っていた自転車のスポークやハンドルが、彼の体に刺さり、絡みつき……もはや二度と解けない状態になっていたそうだ……仕方がないので、そのまま火葬したと聞く……
*****
「私の命……」
ついに言ってしまった。もうそれしかなかった。それしかないと思った。
オーロラ色の蝶は、願いを叶え、灰色の蝶は、その代償を求める――願いを叶えるに、相応しい代償を。つまり、願い事の規模が大きければ大きいにつれて、求められる代償も大きくなるのだ。
「山本君を蘇らせる代わりに、私の命を奪いなさい」
二回目はハッキリと、そして毅然とした態度で言えた。
――彼の命が助かるのなら……私の命なんて全然惜しくない……もう二度と、山本くんとお話したり、遠くから眺めたり……未来を想像したりする事はできなくなってしまうけれど……
どちらにしても、彼のいないセカイなんて、私には何の未練もない。私にとっては彼がすべて……すべてだった。山本君……そう、いつしか私の中で、彼、山本君の存在は、このセカイそのものと同等の意味を――価値を持っていたのだ。
(山本君=セカイ……それが、私の心理の真理……私のドグマ……)
パ
蛍光灯がチラついた。
その時、私は恐ろしい事に気がついた。
自分が犯してしまった。恐ろしい罪……してはならない願い事。
「まさか……」
私は蝶を睨む。
「まさか、山本君の命の代償として……お前が望むものは……ひょとして……このセカイ……なの?」
確かに、私は()の中で最前思い浮かべた。山本君=セカイという公式を……だけど……
だけど……
そんなのあんまりだ……
何のルールの説明もなく始まったこの儀式……私の願いを叶える蝶……蛍光灯から現れて、蛍光灯に消えていく不可思議な蝶の超常現象。
「すべては……私の中の価値観を物差しにして……決められていたのね……」
灰色の蝶は、私の手の平に止まると、触覚をみょんみょんと振り回しながら、大きく一度、羽を開閉させた――それは多分「Yes」のゼスチュア……
オーロラの蝶が消えてしまった今、私に残された選択肢は1つしかない――目の前の灰色蝶に、絶望的な一言を言付ける事――山本君を蘇らせる代わりに……セカイを壊してしまいなさい――私の唇の振動で、セカイを破滅に導く事――それだけが唯一の……
私は思った。自分でも恐ろしいほど素直に思った。
――それもいいかも知れない。
セカイが滅んでしまっても、彼が帰ってくるのならば、私にはそれで十分なのかも知れない。
私の眼の奥に、ぶっ壊れてしまった涙腺が畳まれている。もう涙を流す機能は私にはない……彼が死んで……
「お父さん、お母さん……そして学校の皆……世界中の皆さん……可愛い猫や熊や犬や鳥や魚やイルカや……動物達……美しい自然……何億年も生きてきた地球……そして宇宙……ゴメンナサイ……」
私は……
「言い訳させてください……私が悪いんです……でも言い訳を聞いて!私の願いは……ただ一人の人間、私の好きな男子、山本君の幸せ……ただそれだけだった……セカイを壊してまで、彼をサポートしようなんて……想ってなかったの……セカイを壊すのは私じゃない……私に与えられた力……オーロラの蝶と灰色の蝶……特に灰色の蝶……この一匹のButterflyが、セカイを壊してしまうの」
聞いたことがある。
例えば、ブラジルの蝶の羽ばたきが――その力の伝播が――いずれ太平洋上に達した時に、タイフーンを引き起こしてしまうことがあるという現象――バタフライ効果――Butterfly Effect
私は蝶を見つめた。瞳を大きく開いて、蝶の全身をそこに映し込んだ。
キレイ
そう感じた。蝶の羽の中には、暗澹たる黒雲がひしめき合っていて、うごうごと地獄じみて蠢いているのが、観察できた。
「セカイ……」
私は一言そう言った。
ふわり
蝶が、手の平から逃げていった――蛍光灯の中へ……
作品名:Butterfly Effect 作家名:或虎