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フイルムのない映画達 ♯01

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カフカフォビュア 後編



(山田は酒飲みだったか甘党だったか?)

 世紀の一大事、物質転移装置による人体の移動劇があった日から明けて翌日。朝早々に俺は例の大博士山田氏を取材するにあたって、何かお土産を買って行こうと思いたった。新宿某デパート地下の売り場を行きつ戻りつ結局手にしたのは高級ワインと、高級洋菓子の詰め合わせ。
 酒好きな奴は甘い物が嫌いで、甘い物が好きな奴は酒が嫌い。逆もまた真なれば酒と甘い物があればいずれかは好物と成りうるわけであり、両方があれば必ず万人の嗜好を満たすことができる、とこうなるわけだ。

 手土産のずっしりくる重みを右手左手受渡しつつ逃がしつつしながら、何故か崩れずに有るボロアパートの錆で出来た階段を昇る。

「山田ぁ。入っていいか?」

 ノック=挨拶も無しにいきなりドアを半開きに開けてしまうという無作法が起こる、という昨日の出来事から学習し、礼儀を正しゅうするために俺はノックを省いてドアの外で声を上げた。

「ぃぃょぉ」

 か細い声が聞こえてきた。かくれんぼのもーいーよの様な、見つけられたく無いけど返事をしなければ、といった声色にも聞こえた。

「入るぞー」

 俺は更に念押ししドアを開けた。

 異臭がした。

 青臭い異臭だった。(俺はその段階では異臭についてそんなに気を掛けていなかった)

 昨日と同じく足の踏み場さえあやふやな玄関を踏み越えて、世紀の大発明、物質転移装置のある奥の部屋へ。

「山田ぁ?」

 できるだけ陽気な笑顔を心懸けて部屋に入ったのだが果たして山田はいない。まさか?装置の中?一応覗いてみたがいない。

「どこにいるんだ?山田?」

 確かに先ほど返事が聞こえたのだからきっと何処かにいるんだろうけども一向返事も無く姿も見えない。

(おかしい……)

 俺は昨日一瞬映画『ザ・フライ』の顛末を思い出した時に沸き立ったのと同じ質感の胸のザワザワを感じたのだが、昨日のインタビューにて山田曰く「ハエに対する対策には特に念を入れた」の言を思い返し疑念を打ち消しつつ、一先ず床のできるだけ平らな所を探して足元に土産物を置く。

「山田ぁ?お土産買ってきたぞぉ」

 正直俺はその時、いや物質転移装置の正常な稼働を目の当たりにしてからずっと、山田の機嫌を損ねない事だけに意識を集中してきた。変人という生き物はひょんな事からヘソを曲げてしまうものなのである。科学雑誌の編集者という職業柄、そういった人種、天才すぎて変人にしか見えない人物と接する事の多い俺は、かつて経験した失敗の二の轍を踏まぬよう山田の扱いには細心の注意を払いつつ接する腹づもり。

(何しろ未だ世界で俺しか知らない大スクープなのだし!)

「山田ぁー。山田博士ぇー。何処にいるんですかぁ?」

 声が大きすぎると「五月蝿い!」と機嫌を損ねてしまう可能性があるが小さすぎれば聞こえないだけである。俺はリスクを恐れて小さい声から徐々に徐々に声を大きくしつつ山田の名を呼び続けた。

 パシャ

 ???

 何か水の跳ねるような音が聞こえた……気がする……気のせいか?

「なんだ?この匂いは?」

 玄関を入った時にした青臭い異臭は変質し、今この空間に漂っているにおいは臭いではなく匂いである。それはとても美味しそうな匂いである。

 開け放しの窓から高層ビル吹き降ろしの風がくるりと俺の足元に舞い込み、革靴の上に一枚のレシートを運んだ。手に取っ手見る。



 鴨肉一羽……約1700g×10ヶ ¥14000

 醤油1升……1ヶ ¥980



(何だ?このレシート?)

 鴨鍋でもするのだろうか?それにしても鴨10羽分の肉って一体……

「山田ー」

 俺は何度か名前を呼んだ。しかし返事は無い。もはや探すしか無い。
 
 正直俺はこの段階でアクシデント、つまり昨日の物質転移によって山田の体に何か異変が起こったなどという事は考えてもいなかった。山田はもちろん全裸で物質転移装置に入ったし、装置内では小さな埃一つまでも逃さぬように送風と静電気によって念入りに除去作業が行われたのである。(物質転移にかかった時間3分のうちのほとんどが除去作業だったと山田はインタビューに答えていた)

 山田ぁ山田ぁと俺の呼ぶ声、足が一歩を踏む度律儀にミシリと返事を返す床の鳴る音と交互になったり、時に同じくなったりしながら籠もるように、狭く仄暗い空間に響く。

「山田ー台所か?鍋料理でも作っているのか?」

 俺は台所と思しき部屋に入る。そこには可哀想な流しがぽつねんとあるばかりである……

(蒸し暑い)

 それにしても蒸し暑い。もう秋の終わりだというのに室内は異常な温度と湿度。一体……この湿気はどこから……

(風呂か?)

 風呂場からかも知れない。その時俺はある光景を思い浮かべて小さく笑った。孤高の変人科学者山田が大量の鴨を浴槽で茹で上げている光景……いくら変わり者でもそんな事はしないだろう。

 風呂場。

 浴室のドアは閉まっている。足元には脱ぎ捨てられた山田の衣服。山田の衣服……粘液まみれの山田の衣服。

 ゾワゾワ

 俺の背筋は、庭石をはぐった時に大量の虫達が一斉に逃げ出す時の様な音をゾワゾワと真似て擬音を発した。

「山田!」

 俺は浴室のドアをバーンと開けた。

「うわっ!」

 ものすごい熱気とゴボゴボ唸るようなうだるような激しい音の群れが飛び交っている混沌。

「山……」

 もう一度名を叫ぼうとして止めた……湯気は新宿の街並みに逃れるため風を頼りに窓を求めて消えて行った。そして視界が開けた……開けてしまった……浴槽の中には……大量のまるごと鴨肉が……煮えたぎる湯でぐるんぐるんめまぐるしい浮き沈みを繰り返している。湯の色は……緑である。それはねっとりとした質感である。まるで……ネギが……溶けた様な……俺はあまりにも異様な光景を前に、恐怖よりも好奇心が勝ってしまい、壁に立てかけてある尖端が平たくなった湯をかき混ぜるプラスチックの棒を手に取り湯の中を探る……

「山田?」

 この時点で湯の中に山田が沈んでいたとしたらアウトである。つまり彼の死は確定である。しかし棒の先には何か繊維質の残骸のような物が引っかかるばかりで山田を予感させる物体は一向に上がらなかった……

*****

 それから3年が経つ。
 
 結局山田はあのボロアパートから見つからなかった。「ぃぃょぉ」という耳残りな声を置き土産にして、彼は忽然と姿を消してしまった。
 主を失った物質転移装置が稼働することはなかった。ある大学があれを引き取って研究したらしいが何の反応も起こさないまま、2、3回目の稼働で小爆発を起こしてしまったと聞いた。

 3年という年月をしてやっと俺の恐怖とショックは弱められた。そして代わりに冷静な考察と正常な思考が呼び覚まされる。

「あの時、山田の身に一体何があったのだ……」

 思索が行き着くのはどうしたってあの浴槽である。あまりにも異質な浴槽。その内容物。鴨、とろけたネギ……ネギ?まてよ?