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フイルムのない映画達 ♯01

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カフカフォビュア 前編

「ザ・フライという映画を見たことがあるかい?」

 10年来合っていない友人からの電話の第一声としては、上のセリフ、なかなかに似つかわしくないセリフだと思われる方が大半であろう。
 しかし電話の主は変わり者の山田なのである。大学の同窓の誰かに聞いてみればよい。たぶんいや十中八九、なるほどアイツならそんな電話を掛けてきてもまったくおかしくないな、という返事が返ってくるに違いない。
 
 ともかくも十年の間会っていない友人からへんてこな電話がかかってきたわけだ。因みに山田と俺は、某有名大学の理系の学部で共に学んだ仲である。

 山田は俺にとって特別仲の良い友人だったわけではない。いやむしろ俺は、その変人ぶりを避けるように学生時代を過ごしてきたつもりだ。
 しかし山田にとって俺という存在は、学生時代の唯一無二といってよい友人なのであろうと思う。なにしろ俺以外のゼミの仲間は、俺以上に露骨に山田を避けていたわけで……

「ザ・フライだよ?知らない?」

 自分なりに色々と言いたいこと、ツッコミたい事はあったのだが、残念ながらザ・フライという映画を知っていたし、山田にツッコミを入れてもさらなる齟齬を引き起こし、咬み合わない会話は暗黒のスパイラルを起こして異空間へ突入してしまうだろうから、俺は素直に返答を返した。

「知ってるよ」

「それはよかった!今から見に来ないか?」

「……ザ・フライを?」

「違うよ!あの映画に出ていた物質転移装置をだよ!今俺の部屋にあれと同じ物、イヤ正確にはあれを参考にして俺が開発したより完璧な物質転移装置があるんだよ」

 あるんだよと言われても、「ハイそうですか、では今から見に行きます」と即応できる類の話ではないことは皆様お分かりいただけると思う。なにしろあまりにも突拍子が無さ過ぎて……しかし大学の同窓の誰かに聞いてみればよい2。山田は変人だが、研究者としての才能は紛れも無く天才の域に達しており、彼は確かに普段からへんてこりんな事ばかり言うのだが、それはある意味頭の回転が早すぎるためであったり、周りの人間が平凡すぎて理解できないだけという場合がほとんどなのである。付け加えるなら、山田は嘘やいい加減な事を言う人間では断固として無い……

「見に来るかい?住所はねぇ……」

 俺の返事を待たずに山田は都内の住所を早口で喋り出した。俺は急いでその住所をメモした――何故か?何故俺は山田の浮世離れしたお話に乗って彼に会いに行く事にしたのか。1つに俺は研究者としての道を挫折して或る科学雑誌の編集者となっていたので、取材対象として抗しがたく興味を引かれたわけだ。2つ、ともかく俺は大学時代から十年経った山田という人物の完成ぶりを一目見て置きたかった。

 山田から告げられた住所は、確かに都内ではあったのだが、よりによって此処か?という場所であった。俺は車を100円パーキングに止めて、呼び込みのお兄さんのお誘いを丁重に断りながら風俗街を突っ切って目的のアパートに向かう。

Knock!Knock!

 ノックの勢いでドアが10cmほど開いてしまった。ボロアパートのどん突き部屋のドア。

「入りなよ」

 奥の方から声が聞こえた――オイオイ来客が誰かも確認せずに入りなよって……まぁこの状況から察するに、普段から客と呼べるものが来ることは皆無なんだろうなぁ――などとふつふつ考えながら部屋に上がり込む……どこで靴を脱いで良いのか境界線の定かでない玄関を仕方なく土足で踏み越え奥の部屋に向かう。

「待っていたよ」

 10年という歳月は斯様に人を変えてしまうものなのか!――というセリフを用意しておいたのだが、残念ながら山田は10年前と寸分違わず山田であった……ちりちり天パーに広すぎるおでこ、剃り残しアーリ!の顎、猫よりも猫背、しかし顔だけはよく見ればみょーに整っていて或る海外の映画俳優にそっくりというなんともチグハグな風貌である。相変わらずだ。

「やあ、久しぶr」

 俺は言いかけて言葉をしまい込んだ。

「なななな?なんだこれは?」

 部屋には映画『ザ・フライ』にできたものとそっくりそのままの大掛かりな装置が一組あった。所狭しとあった。

「なんだこれはって?言っただろ物質転移装置だって」

「物質転移装置……」

 山田の言う事を信じたからこそ此処に来たわけだが……それにしてもあまりにも本物っぽいじゃないか……

「説明は不要だよな?一方の装置に入れた物質を、もう一方の装置に移動させる。ただソレダケ。更に詳しく言えば、一方の装置に入れた物質を一旦分解しケーブルを通してもう一方の装置に送り込んでそこで再生する……とまあこういう仕組みだ」

 仕組みについては一切説明されていないのだがツッコムと厄介な事になるので俺は理解した振りをした。

「で……俺を呼んだのは何故?これを見せたかっただけ?」

 山田は少し悲しそうな目で俺を見て言った。

「君に歴史的瞬間に立ち会って欲しくてね……」

 ゼミで一日一回あるかないかの会話を交わしていただけの仲である俺……そんな俺が山田のひょっとしたら唯一知人と呼べる存在なのかも知れない……

「歴史的瞬間ってまさか今から君がこの中に入って最終実験をするとか言うんじゃないよね?」

「違うよ。実験じゃない!初めての本格的な起動さ!実験段階は既に終わったんだ。今から行うのは本番、正式なる稼働だよ」

 その後俺はあれこれと装置の事や、彼の行った実験についての質問をぶつけた。山田は丁寧に応えてくれたがその内容の大半はあまりにも難解過ぎて研究の一線から退いた今の俺には理解不能だった――いや研究を続けていたとしても理解できなかっただろう。

「俺、今科学雑誌の編集者やってるんだけど、この事記事に書いてもいいかな?」

 山田は笑って快諾してくれた。笑うと更にあの映画俳優にそっくりに見える。俺は、装置の横に立つ多分初めてまともに見る山田の笑顔を、記念写真だと言って写真に収めた。大きく口を開けたとびきりの笑顔だった……
 その時に何故だか俺は、あの映画の顛末を思い出し胸騒ぎに一瞬ざわっと震えた……今にして思えば……

 起動スイッチは装置の中にあるらしい、つまり装置の起動にあたって俺が手を貸すことは何も無い、見届けるだけである。

「じゃあ隣に行ってくるよ」

 そう言い残して山田は俺から見て左の装置に入っていった。しばらくして装置の動作音がぎゅいんぎゅいんと部屋中に響きだした。そのあまりのけたたましさに俺は心配になって「おい山田!大丈夫なのか?」と大声で装置のガラス部分に向けて語りかけたのだが、山田にそれが伝わったのかどうかを知る術も無く……

「山田ーーー!」

 俺の絶叫がまるでスイッチであったかの様に装置の唸りはMAXとなり、こういった場面にお決まりのエフェクトである激しい閃光が一瞬部屋に満ち溢れた。

 そして……

shukoooooooooh