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何度でも、あなたに恋をする~後宮悲歌~【完全版】

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「ま、これは私の当てずっぽだけんど、やや子ができたら、女はああいう今の淑媛さまのようになるものだね」
「やや子、それはつまりご懐妊だと?」
「雲の上の方々はそんな風に言うのかねぇ。そう、そのご懐妊とやらじゃないのけ」
「でも、淑媛さまがそんなはずは―」
 言いかけたヒャンダンに、シミョンは意味ありげに囁いた。
「そう言えば、淑媛さまの許には今年になって何度か見かけない男が通ってきてたではないかね。うちの亭主が見かけたことがあるらしくて、遠目でも立派な身なりで、相当の身分のあるお方だろうと話していたよ。和魂祭の夜にもお見えになっていて、ふもとの村のセソン婆さんにその方自身が淑媛さまの最初の良人だと名乗られたと聞いたけんどねぇ」
「淑媛さまの最初の良人ですって?」
 ヒャンダンは、あまりの話に素っ頓狂な声を上げた。
「そうそう。セソン婆さんが淑媛さまのご亭主なら、国王さまかとお訊ねしたら、淑媛さまが否定なすってさ。何でも後宮に召し上げられる前に結婚していた最初の旦那だと紹介したとか聞いたよ」
「―」
 最早、言葉がなかった。まさか国王だと名乗るわけにもゆかず、咄嗟に言い繕ったのであろうことは判ったが、本物の良人がまさか過去の別れた良人になっているとは!
 頭を抱えたいヒャンダンに、シミョンは滔々とまくしてる。
「お気の毒に、権力をちらつかせて色好みの王さまが美女を無理に最初の旦那から奪ったんだね。まるで芝居の中の話みたいじゃないかえ。マ、淑媛さまのあの色香と美貌じゃア、男盛りの王さまがクラッとくるのも判らないわけじゃないけどねぇ。無理に別れさせられた亭主は淑媛さまが恋しくて忘れられず、こんな山寺まで忍んでやって来てさ」
 シミョンの頭の中では、完全に一つの物語が出来上がっているらしい。彼女はうっとりと夢見るようなまなざしで付け加えた。
「まあ、そんなわけで、男と女がすることをすれば、やや子ができるのは当たり前。私はあんたと違って三人も子どもを生んでるからね。淑媛さまの様子を見れば、大体見当はつくよ」
 その言葉に、ヒャンダンの顔から血の気が引いた。

 房の扉が開く音がして、眠っていた明姫はうっすらと眼を開けた。
「ヒャンダン?」
「済みません、起こしてしまいましたか?」
 ヒャンダンが枕許に座った。例の薬湯を乗せた盆を持っている。
「あの薬、呑みたくない」
 明姫にしては珍しい我が儘であった。
「ごめんなさい。あなたを困らせるつもりはないの。でも、気分が最悪で、吐いてばかりでしょ。あの苦い薬湯を飲んだら、また余計に吐きそうで怖いわ」
 昨日、川から戻ってから、明姫は大量に吐いてしまった。とはいえ、殆ど食べてないので、出るものは苦い胃液ばかりだった。そのままヒャンダンに布団に押し込まれ、絶対安静を言い渡されたのである。
 大袈裟だとさんざん文句を言った明姫だったけれど―、今朝になってみたら、もう床の上に起き上がる力もなくなっていた。
「淑媛さま、一つだけお訊きしても良いですか?」
 真剣なまなざしで問われ、明姫は頷いた。
「なに?」
「真にご無礼かとは存じますが、失礼を承知でお訊ね申し上げます。月のものは、いつおありでしたか?」
「月のもの?」
 頭も身体も熱っぽくて、意識もぼんやりとしている。なので、最初はヒャンダンの言っている意味がよく判らなかった。
「はい、月のものがあったのは、いつ頃か憶えておいででしょうか」
 茫洋とした頭に漸くその言葉の意味が認識され、明姫は頬を熱くした。
「一月の終わり頃だったと思うけど、それがどうかしたの?」
「失礼ですが、その後は一度も月のものは来ていないのですか?」
 ヒャンダンの表情はあまりにも真剣で、怖いほどだ。
「ええ。それが最後よ」
 ヒャンダンは明姫の言葉も耳に入らないようで、しきりに考え込んでいる。
「私が知っている限り、淑媛さまは毎月、月のものはきちんと来ておいででしたよね?」
「え? そういえば、そうね。私、そんなこと、気にしたことがなかったから」
 何故、ヒャンダンが必要以上に気にするのか判らない。
「ねえ、ヒャンダン。幾らあなたでも、そんな話は恥ずかしいわ。もう止めましょう」
 明姫が頬を染めて言うのに、ヒャンダンがその場に平伏した。
「お祝い申し上げます、淑媛さま」
「いやだ、ヒャンダンってば、いきなり何を言い出すの?」
 明姫は眼を丸くした。ヒャンダンは顔を上げ、明姫を真っすぐに見つめる。
「私がお側についていながら、迂闊にも気がつかず申し訳ありません。淑媛さまのこのところのご不調は恐らく、ご懐妊によるものではないかと思うのです」
 刹那、明姫の唇が震え、視線が揺れた。
「懐妊―」
 空気を求める魚のように少しだけ胸を喘がせ、明姫は嫌々をするように首を振った。
「私、赤ちゃんができたの?」
 夢にまで見た妊娠。大好きなユンの子どもを身籠もり、生んで育ててみたいという願い、母になるという夢がいよいよ叶うというのか? しかし、いざ夢が実現するかもしれないと思うと、途方もない恐怖が明姫を襲った。
 果たして、ユンは懐妊を歓んでくれるだろうか。やがて生まれてくる二人の赤ちゃんを笑顔で迎えてくれるだろうか。
 今の自分の立場は後宮を追放された廃妃なのだ。廃妃となり庶人に落とされた身での懐妊。しかも、王の子を身籠もった。それが良いことなのか、悪いことなのかも瞬時には判断できない。
 何より、不安なのは生まれてくる子どもの将来だ。後宮で時めく妃ではなく、王の怒りに触れて廃され、流罪となった明姫は言わば罪人である。罪人の子としてこの世に生まれて、子どもは幸せになれるのだろうか。
 ?昭容の生んだ第一王女にはあれほど哀憐の念をいまだ抱いているユンではあったけれど、?昭容と今の自分の立場はまったく違う。世間的には罪人と見なされる明姫の生んだ子どもをユンが愛してくれるかと思うと、不安で余計に気分が悪くなりそうだ。
 大きな不安に押し潰されそうになったその時、耳許でヒャンダンの声が聞こえた。
「おめでとう、明姫。あの奥手の明姫がお母さんになるなんて、私だって信じられないわ。いつも男女の話になると、恥ずかしがってばかりいたのにね」
 女官時代、明姫は朋輩たちから?奥手の明姫?と呼ばれていた。むろん、その手の話題には疎く、性的知識も皆無だったからだ。
「ヒャンダン、私、怖いわ」
 明姫が小刻みに身を震わせると、ヒャンダンが明姫の手を取った。
「明姫、あなたはもう母親よ。今でのように甘えは許されないの。考えてもみて。あなたの生む御子は現段階では国王殿下のたった一人のお子さまということになる。お腹の赤ちゃんが男の子なら、あなたはもしかしたら、世子さまのご生母になるかもしれない」
「そんな―。怖ろしいことを言わないで。私の生む子どもが世子さまだなんて、あり得ない」