何度でも、あなたに恋をする~後宮悲歌~【完全版】
「誰なのだ、その者の名前を申せ」
「殿下」
「私には言えぬ者なのか!?」
ユンの顔色が変わった。
「まさか、男なのか?」
観玉寺にいるのは寺男の妻やヒャンダンを除けば、男ばかりである。明姫が村の男と接触する可能性は殆どなく、彼女にそんなことを言わせたのが誰かはほぼ想像はついた。
ふいに二月初めにここに来たときのことが思い出され、ユンの顔は蒼白になった。明姫と親しげに話していた若い僧、確か名は慈鎮とかいったか。
ユンに乱暴に抱き上げられ、明姫は危うく叫びそうになった。
「殿下」
「応えよ、明姫」
「私―」
ユンは明姫を抱いたまま、大股で歩き始める。振り落とされそうになり、明姫は慌ててユンにしがみついた。
救いを求めるように周囲を見回しても、既に村人の姿はどこにも見当たらない。僧たちもそれぞれ僧坊へと引き上げていったようであった。夜も更けて、流石に彼らも帰っていったらしい。
三月の半ばといえども、夜はまだ冷える。夜陰にはかすかな梅の香が混じっていたが、それを堪能するようなゆとりはなかった。
「誰に助けを求めているつもりだ?」
明姫が黙り込んでいることが、余計にユンの心を苛ただせているのだ。
明姫の瞳に涙が滲んだ。池の水面に漂う灯籠も大方は灯りが消えて、人影のない境内は先刻までの賑わいが嘘のように淋しいものだった。
明姫の異変を察したかのように、大人しかった小花が急に吠え始めた。夜のしじまに、小花の鳴き声だけが響き渡る。ユンは足許で危急を告げるように吠え続ける犬など見向きもしなかった。
見上げた空には丸々と肥えた月が懸かっている。空も月も近い。ユンの瞳を映し出したかのような漆黒の空に、白銀の月が煌々と輝いている。ユンに運ばれてゆく明姫の瞳に、美しくも人の心を惑わすような妖しい月が彼女を憐れむかのように映った。
ドサリとまるで捕らえた獲物を投げ出すように褥に放り出され、明姫は茫然とした。ユンからこんな手荒い扱いを受けたことは一度だりともなかったのだ。
まだ彼が国王だと知る前、夜更けの殿舎で手籠めにされかかったことがある。しかし、あのときでも、これほど乱暴ではなかった。
何がこれほどまでに彼の怒りをかきたてているのか、明姫にはさっぱり判らない。
確かに彼の治世を批判するようなことを言ったかもしれないが、普段のよく知るユンなら、この程度で怒ったりはしないはずだ。
満月の明るすぎる光は狭い房内にも惜しみなく差し込んでいる。両開きの扉を通して差し込む月明かりが褥にも扉の複雑な模様を映し出している。
月光が窓にぶつかって細かく砕け散る音まで聞こえてきそうだ。そんな静かな夜が二人を包み込んでいる。
ユンの面もまた、ひっそりと静まり返っているが、その透徹な瞳の奥底で燃え盛るのは紛れもなく嫉妬という名の感情であった。
しかし、当の明姫にはまだ彼が何故、そこまで怒っているのか判らない。かつてないことに、ユンの双眸には憎しみすら垣間見え、それが明姫をひどく怯えさせていた。
「殿下、お許し下さい」
明姫は怯え切った瞳でユンを見上げた。
「それならば、先ほどの者の名前を申せ」
「―」
明姫はハッとした。ユンが憤っているのは、慈鎮の名前を言わないからなのだ。
だが、これほどまでに激情に駆られているユンに慈鎮の名を告げることなどできない。もし、ユンが国王という名の下で慈鎮を罰するようなことがあれば、取り返しがつかない。
「それは申し上げられません」
明姫は言うなり、口を引き結んだ。
「どうでも言わないつもりか」
見上げる明姫の髪を撫でながら、ユンが顔を覗き込む。髪を撫でる手つきはこの上なく優しいのに、声はまるで氷の欠片を含んだように冷たかった。
そう、今、紫紺の空高く冷たい輝きを放つ孤高の月のように。
「良かろう。言わなかったのを後悔するようなことになっても構わぬというのなら」
髪を撫でていた手が下に降り、上衣の前紐をシュルリと解いた。
「その強情がどこまで保つかな」
耳許で囁かれた刹那、明姫の身体は乱暴に押し倒され、すかさずユンが上からのしかかってきた。
「うっ、ああっ」
明姫は大きく脚を割り裂かれ、ユンに跨っていた。
「あ、あ、あっ」
つい今し方も彼の剛直で荒々しく貫かれたばかりのそこは十分すきるほど潤っている。ユンはそのぬるつく蜜壺に指を挿し入れ、烈しい抽送を繰り返す。
「ここがそなたの最も感じるところなのは判っているぞ」
濡れた声を耳に注ぎ込まれながら、数本の指を抜き差しされる。彼の烈しい愛撫に綻びきっている蜜壺は数本の指を出し入れされても、痛みすらなく、ただ快感だけを呼び覚ますのだ。
「そなたの身体は嫌らしいな。こんなにも物欲しげにひくついて、しとどに蜜を溢れさせている。先刻、私を飲み込んだばかりなのに、もう欲しがっているのか?」
「そんなこと―ない」
明姫が首を振ると、ユンが不敵に笑った。
「ホホウ、身体はこんなにも快楽に従順なのに、相も変わらず性根は強情だな。その強情がいつまで続くことやら」
突如として蜜壺の感じる箇所をグリッと押され、明姫はユンの上で白い身体をのけぞらせた。
「ああっ」
「可愛いな、明姫。そなたを閨の中で啼かせるのが愉しくて堪らぬ。このままそなたを人知れず後宮に連れ帰り、豪奢な鳥籠に入れて飼おうか? 何も纏わず裸のそなたを籠に入れて、昼夜問わず啼かせてみるのも面白そうだ。さしずめ王のためにだけ囀る美しき鳥といったところか」
深い悦楽の色を滲ませるユンの声も表情も、普段の彼とはおよそかけ離れている。どこか壊れてしまったかのようだ。
「さあ、啼け、私のために可愛らしく啼くのだ」
ユンが続けざまに感じやすい部分を刺激してくる。ユンの閨での愛撫は実に巧みだ。いつも明姫が反応を返した部分を執拗にこれでもかいうほど責め立ててくる。
明姫が泣いて哀願するまで、その執拗な愛撫は続くのだ。
「あっ、あっ、あ―」
休む間もなく感じやすいところを嬲られ、明姫は呆気なく達した。先刻よりも強い絶頂を迎えたがために、眼裏には閃光が走り、白い光がチカチカと瞬いた。
一瞬、意識が遠のいたが、ユンはそれすらも許してはくれない。
「気をやって正気を失うのは、まだ早い。私はまだ一度しか達していないのだから。どうだ、明姫、そなたの嫌らしいここに、私のものと指と両方挿れてやろうか? これだけ綻びきっていれば、両方でも難なく入るのではないか? 試してみるのも一興ではないか」
「い、いや!」
明姫は想像を絶する恐怖に烈しくかぶりを振った。
「いやです。そんな怖ろしいこと」
「ならば、もう一度だけ機会をやろう。その者の名前を申せ。さすれば、そなたの嫌がることは一切せぬ」
「申し上げられません」
明姫は恐怖に震えながらも、気丈に言い放った。
「良い覚悟だ。明姫、私はこれまで、そなたには自分でも呆れるほど甘いと思っていた。だが、よく憶えておくのだ。烈しい恋情は過ぎれば憎しみにも変わり得るのだということを。そなたがどうでも強情を通すなら、私にも考えがある」
明姫はユンを真っすぐに見上げた。
「私は間違ったことは申しておりません」
後は言葉にはせずに訴えた。
作品名:何度でも、あなたに恋をする~後宮悲歌~【完全版】 作家名:東 めぐみ