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何度でも、あなたに恋をする~後宮悲歌~【完全版】

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 現国王直宗はあろうことか、その左議政の甥に当たる。左議政は大勢の人を殺してものうのうと生き長らえ、今は位人臣を極めて領議政(ヨンイジョン)にまで上っていた。直宗の母、大妃(テービ)は領議政の同母妹に当たるのだ。更に、直宗の正室、中殿(チュンジョン)は領議政の娘である。まさに若き国王は領議政とは深い繋がりがあると言わざるを得なかった。
 自分が明姫の両親や弟を殺した領議政の血縁である―、直宗自身はそのことをとても済まなく思っているようだが、事件の起きた当時、まだ世子(セジヤ)であった直宗も幼い少年にすぎなかった。そんな彼に何ができただろう? ゆえに、明姫に直宗を恨む気持ちなど欠片(かけら)ほどもない。
 すべてを知っても、明姫の心は変わらなかった。むしろ、こんな一介の女官にすぎない自分が国王である彼の側にいても良いのか。そのことで悩んだのだ。
 ひとたびは後宮を去り、ユンとの別れを覚悟した明姫であったが、一年後、ユン自身が明姫が身を寄せていた崔氏の屋敷にまで迎えにきた。二人は晴れて結ばれ、明姫は後日正式に迎えにきた王の使者に囲まれ、立派な女輿に乗り宮殿に戻った。
「可哀想に、幼いそなたにはよほど辛く哀しい体験だったのだろう」
 ユンが小さく首を振り、両手をひろげた。少し躊躇う素振りを見せ、明姫がユンのひろげた腕の中に身を委ねる。
「泣いたのか」
 ユンが呟き、そっと唇で明姫の目尻に溜まった涙を吸い取った。 
「私は不甲斐なき男だ。そなたがこうして夜毎、悪夢に苦しんでいるというのに、何もしてやれず手をこまねいているだけだ」
 ユンが溜息を零すのに、明姫は慌てて言った。
「それは違います、殿下」
 明姫は細身だが逞しいユンの胸に頬をあずける。
「殿下がこうしてお側にいて下さるだけで、私は幸せなのです。私がいつまでもあんな夢を見てしまうのは、きっと私自身の心が弱いせいです」
 ユンは明姫のか細い背中を撫でた。
「いや、それは違う。眼の前で家族を惨殺された幼いそなたの衝撃は察するに余りある。恐らくは、そのときに受けた心の傷があまりにも深くて、いまだに悪夢という形でそなたを苦しめるのだろう」
 ユンは深い息を吐き出し、明姫の顔を覗き込んだ。
「何もしてやれぬ私だが、もし、側にいることが少しでも慰めになるというのなら、私はいつまでもそなたの側にいよう」
「嬉しい」
 明姫はユンに取り縋った。
「今の私にとって、いちばん怖いのは大切な方を失うことです」
 今は里方となっている崔氏の屋敷には、祖母が健在である。また、公表はしていないが、後宮で重きをなしている崔尚宮は実の伯母なのだ。だから、明姫は天涯孤独というわけではなかった。
 が、既にユンという愛する男と夫婦となった今、真の意味で家族と呼べるのはユンだけだ。そのたった一人の家族であるユンにもしものことがあったら―。
 想像しただけで、怖ろしくて気が狂いそうになる。
「私はいなくなったりなどしない。いつまでも側にいて、そなたを守る。崔家のお祖母(ばあ)さまにもお約束したのだからな」
 何故か、ユンと明姫の祖母クヒャンは初対面から気が合うらしい。その後、クヒャンは明姫が正式に宮廷入りするに際してユンが国王であると知った。何しろ彼は明姫にも祖母にも最初は?集賢殿(チッピョンジョン)の学者(ソンビ)?だと身分を偽っていたのだから。
 ところが、意に反して、祖母はユンが王であると知っても、さほど愕いた風はなかった。占い師でもある祖母には既にかなり前から、ユンが尊い身分の若者であることを知っていた。だから、今更愕く必要もなかったのだ。
「そなたの方こそ」
 ユンが明姫の額にそっと口づけを落とした。
「私の側から急にいなくなったりしないでくれよ」
 ユンは明姫の丈なす艶やかな黒髪のひと房を掬い口づける。
「そなたは私の宝だ、明姫。そなたという得難き宝を得て、今の私はこれ以上ないくらいに幸せなんだよ。時々、あまりに幸せすぎて怖いくらいだ」
「私のような者にそのようなことをおっしゃって頂くのは勿体のうございます」
 ユンが笑った。
「どうもな、いつまで経っても慣れない」
 明姫は眼をまたたかせる。
「何が―ですか?」
「だから、そのしゃべり方だよ」
「私のしゃべり方?」
 そう、と、ユンは笑いながら頷いた。
「私は、知り合ったばかりの頃の明姫が懐かしい。あの頃は元気が良くて、こんな風なしゃべり方なんてしなかっただろ」
「それは」
 明姫は頬を染めた。
「私はまだ殿下が国王さまであるとも知りませんでしたし」
 あの頃は、彼の?集賢殿の学者?だという言葉を真に受けて、随分と言いたい放題というか馴れ馴れしい態度だった。もしかしたら、不敬罪に問われても仕方のないような言動もあったかもしれないと今更ながらに蒼褪める。
「何度も言うようだけれど、私は惚れた女の前では国王ではなく、イ・ユンというただの一人の男でいたいんだ」
 愛してる。そう耳許で掠れた声が囁く。かと思ったら、明姫の身体は再び絹の褥にやわらかく押し倒された。
「私もお側を離れたりはしません。この生命ある限り―たとえ殿下に出ていけと言われても、ずっとお側にいます」
「可愛いことを言うな、明姫は」
 ユンは微笑むと、待ちかねたように明姫に覆い被さってきた。

 翌朝になった。
 ユンが夜明け前に大殿(テージヨン)(王宮殿)に還っていくのを見送った後、明姫は鏡に向かうのが日課であった。ユンには領議政の娘である王妃の他に二人の側室がいる。一人は尹昭儀(ユンソイ)であり、領議政の養女として入宮した。中殿にいつまで経っても御子が生まれないので、やむなく、遠縁の娘を養女分にして後宮に納れたのである。
 今一人は?昭容(ジヨソヨン)。こちらは去年、懐妊が判明して宮殿中が歓びに湧いた。王の御子を生むのは絶対にペク氏の娘でなければならないと言い切る大妃は、明姫を頑として後宮に迎えることに反対であった。ユンは明姫が後宮を下がっていた一年の間に大妃を辛抱強く説得して、大妃が明姫を迎える交換条件を提示した。
 その条件というのが、王がいまだに寝所を共にしていない二人の側室と関係を持つというものだったのだ。愛する明姫がいながら、他の女を抱くことに抵抗を憶えたユンだっが、これを逃せば明姫を迎える機会を永遠に失うと知り、やむなく側室たちを寝所に招いた。
 そのたった一度の交わりで?昭容は見事に懐妊し、大妃は殊の外ご機嫌であった。?昭容は兵?判書(ピヨンジヨパンソ)の娘だが、兵?判書はやはり領議政寄りの派閥に属している。
 しかし、四ヶ月前、産気づいた?昭容のお産はなかなか進まなかった。陣痛は来るものの極めて弱く、赤児は生まれる気配はないままに時が過ぎた。このままでは産婦も胎内の赤児も生命が保たないと宮廷医が顔を翳らせた矢先、漸く陣痛が本格的になり赤児が生まれた。
 が。産気づいて四日目に生まれ落ちた赤児は泣き声を上げることはなかった。既に息絶えていたのだ。ついにこの世の光を見ることとなく天に召された赤児は女児だった。無事に生まれていたとしても世継ぎにはなり得なかった。