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何度でも、あなたに恋をする~後宮悲歌~【完全版】

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「私が謝ってどうにかなるものではないが、本当に済まないことをした。そなたの両親や弟、そして多くの使用人があの火事で生命を落とした。明姫、いつか、そなたと二人で明姫の両親の墓に参ろう。妻の両親であれば、私にとっても義理の父母になる人たちだ。せめて墓に詣でて詫びたい。私は義父上と義母上に約束するつもりだ。明姫を一生妻として大切にします、もう哀しませるようなことはけしてしないと誓うよ」
 済まない。ユンは繰り返し、頭を下げた。
「止めてください。国王さまがそのように何度も頭を下げてはいけません」
 瞳を潤ませて言う明姫に、ユンは微笑む。
「国王であろうと、自分が正しくないと自覚したときは潔く謝らねばならない。それは男としてというよりは人間として当たり前のことだ」
 この男は何というひとなのだろう。国王という至高の立場にありながら、自らの非を潔く認め、自分などのような者にも躊躇いなく頭を下げて謝罪する。
 もしかしたら、自分が愛した彼こそがこの国に光をもたらす聖君と呼ばれる人なのかもしれない。この時、明姫ははっきりと思った。
 この男の傍で、私はこれからの人生を生きてゆくのだ。ユンが国王であろうとなかろうと、そんなことはどうでも良い。ただ自分の心が求めるままに彼を愛する。彼が自分をただ一人の想い人だと言ってくれるように、私もまた彼を生涯の想い人と思い定めて彼に寄り添って歩いていこう。
 もう、二度と彼の傍を離れない。いや、たとえ離れたとしても、明姫は何度でも彼に恋をするだろう。何度生まれ変わり、どこで彼に巡り会っても、きっと彼に恋をする。そう確信できた。
 ユンとふと視線が合う。見惚れるほど艶然とした笑みを浮かべた彼の瞳に、欲望の焔が灯るのを明姫を見た。褥に再び押し倒され眼を閉じた明姫の上にユンの筋肉質の身体がのしかかってきた。
 静かな空間にあえかな声が響く。時を忘れて烈しく求め合う二人の身体を障子窓から差し込む夕陽が照らし蜜色に染めている。
 部屋の外では、桜草が傾き始めた春の陽の中で静かに花開いていた。

 ?朝鮮王朝史?は今に語る。直宗大王の御世、偉大なる王に熱愛された妃あり。その名は和嬪(ファビン)蘇氏という。

 国中の民草から国の父と崇められた不世出の聖君の時代に繰り広げられた、後宮の物語はまだまだ続く。直宗大王と和嬪蘇氏の話は何も王朝史に書き残されているだけではない。これから、その歴史書に書き記されるこのとなかった、もう一つの歴史をゆっくりと語っていくことにしよう。
 
(了)
桜草
 花言葉―【運命を拓く】
 その他は希望、可愛い、少女の愛、初恋、少年時代の希望、憧れ、青春の歓び、青春の始まりと苦しみ、若い時代と苦悩、幼いときの哀しみ、私を信じよ、愛情。

タンザナイト
 石言葉―道しるべ、柔軟性、自立心。誇り高き人。高貴。冷静。空想。正しい判断を下す能力を与えてくれる効果あり。和名は灰簾石。十二月の誕生石。
※なお、この石は一九六七年、タンザニアで発見されました。したがって、この作品で描かれている年代に朝鮮に存在していません。私が作中で使いたかったので、使用しました。









第二話
  桔梗の涙












 予知夢

 明姫(ミョンヒ)は走っていた。あまりに懸命に走るので、途中で脚がもつれ転びそうになってしまう。それにしても、奇妙な夢であった。自分でもこれが夢の中の出来事だと判っているのに、妙に現実感がありすぎる。
 そこで、彼女はハッとして背後を振り返る。巨大な紅い魔物のように見えるのは焔であった。今、紅蓮の焔が音を立てて燃えている。それはあたかも意思を持つ生き物のように蠢き、明姫を追ってくるのだ。
―止めて、それ以上、私に近づかないで。
 声を上げる明姫をあざ笑うかのように、巨大な焔は刻一刻と迫りつつある。
 駄目、飲み込まれる!
 これ以上は走れないと立ち止まり、荒い息を吐きながら眼を固く瞑った。
――ヒ。明姫。
 どこかから明姫を呼ぶ声が聞こえてくる。はるか彼方から私を呼ぶのは誰だろう。
 懐かしい、とても慕わしい声。この声の持ち主を明姫はよく知っている。
「ンヒ、明姫」
 夢の中で聞こえていたはずの声が突如として耳許で響き、明姫は我に返った。何だろう、この心許ない感覚は。
 まるで長い旅から漸く帰還したような。不思議なことだ。一日の疲れを癒すために人は夜、眠りにつくのに、これでは疲れるために眠るようなものではないか。
 何故か酷く疲れていた。いや、正しくいえば、疲れているのは身体ではく精神(こころ)だ。褥に身を横たえ、ただ眠っていただけのはずなのに、心はまるで百年を生きた老人のように重く疲れ果てている。
「明姫、大事ないか?」
 また聞き憶えのある声が聞こえ、明姫はゆっくりと眼を開いた。と同時に意識が急速にはっきりとしてきた。水底(みなそこ)深く沈んでいた意識がふいにぽっかりと水面に顔を出したようだ。
「はい、大事ありません」
 明姫は頷き、弱々しく微笑んだ。
「また、あの夢を見たのか?」
 気遣わしげに問う男を明姫は静かな瞳で見つめ返し、頷く。
「申し訳ございません。また、殿下(チヨナー)のお眠りを妨げてしまいましたね」
「何を言う」
 傍らの男―ユンは露骨に眉を顰めた。
「私はそなたの良人だ。良人が妻を心配するのは当然ではないか」
 李胤(イ・ユン)は明姫の最愛の良人であると同時に、この国を統べる王でもある。
 明姫は最初、ユンの素性を知らずにめぐり逢い、恋に落ちた。彼が至高の存在である国王だと知ったのは、知り合った後のことだ。
 明姫は元々、両班の息女であった。父は捕盗庁(ポトチヨン)の副官をしており、先代国王の信頼も厚い武官であったものの、謀殺された。両親を初めとする大切な人たちすべてを理不尽に奪われたあの夜を明姫はいまだに忘れられない。
 屋敷をすっぽりと包み込んだ燃え盛る焔、逃げ惑う使用人たちの悲鳴と怒号。幼い明姫の前で閃いた白刃に倒れ伏した両親の最期や、まだ乳飲み子であった弟の口を塞いだ大きな男の手。
 あの夜を境に、明姫は何もかもを失った。当時、明姫の父は捕盗庁の従事(チヨンサ)官(長官)と共に王命によって左議政(チャイジョン)の悪事を探っていた。その極秘調査中に、左議政の手の者が屋敷に侵入し、両親や使用人を惨殺し屋敷に火を放ったのだ。
 火事に見せかけて屋敷ごと証拠を隠滅した。まだ六歳であった明姫は老齢の執事と生命からがら逃げ出し、助かった。その後、母の実家(さと)方に引き取られたものの、そこでも左議政の刺客に何度も生命を狙われ、ついに伯母の崔尚宮(チェサングン)の意向で後宮に上がることになった。
 国王のお膝元である宮殿に身を潜めれば、流石に身の危険もなくなるのではという伯母の機転は見事に的中し、明姫は女官見習いとして後宮で無事に過ごすことができた。