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何度でも、あなたに恋をする~後宮悲歌~【完全版】

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 領議政は朝廷の重鎮であり、臣下たちの間に絶大な影響力・発言権を有している。その上、血縁上も王の母の兄、つまりは王の伯父という立場にあった。これでは若い王が領議政に対して一歩引くのも致し方ないという感が誰にもあったのは確かだ。
 若い頃の大妃を知る者であれば、王妃の気位の高さや高慢ぶりは昔の大妃にそっくりそのままだと知っている。先代の王は大妃の高慢さと嫉妬深さに辟易し、ろくに妻に寄りつこうともしなかった。
 だが、今の国王は妻との間に夫婦らしい愛情を育てようと努力はしていたのだ。少なくとも婚儀を挙げて数年間は。しかし、国王が幾ら心を通わせようとしても、王妃の頑なな態度が変わることはなく時は空しく過ぎた。
 今では流石に王も王妃と打ち解けることは諦めたらしく、同じ宮殿内に暮らしていながら、二人が一緒にいる光景を見かけることは殆どない。本来なら最も近い存在であるはずの夫婦なのに、まさに遠くて近い他人といえた。
 二十一歳の国王はとりたてて女好きというわけでもなく、後宮には形ばかりの王妃と二人の側室がいるだけ。ならばお手つきの女官がいるかといえば、それもない。一部では
―国王殿下は男としての機能をお持ちではないのでは?
 と本気で世継ぎの誕生を心配する朝廷の忠臣? もいるようである。
 女と見紛うほどの王の典雅な美貌は後宮の女たちを恍惚とさせるには十分だった。たとえ王でなくとも、女たちを魅了するその美男ぶりだけで、十分モテたに違いない。―と、これは極めて下世話な物言いだが。
 とにかく後宮の女官たちは下の水くみ女に至るまで、若き国王の眼に止まることを切望している。しかも今日、普段は重く沈鬱な空気に包まれている大妃殿にその美男の国王が来られるというのである。女官たちが騒然となるのも無理はなかった。
 昼前になり、主だった参加者が次々に大妃殿に入った。庭園には天幕が張られ、上座の中央―最も庭園がよく見渡せる場所に国王夫妻、少し間を置いて下がった場所、即ちに王妃の右隣に大妃の席が設えられた。
 更に大妃より一段下がった左隣に側室ユン昭儀、変わって王の右隣、やや下座には領議政ペク・ヨンスの席が作られた。
 定刻になり、いよいよ華やかな宴の幕開けである。掌楽寮(チャンアゴン)の職員たちが一同に会し、庭園の片隅にそれぞれ楽器を持って待機していた。やがて開宴の合図が高らかに鳴り響くと、一斉に楽の音が流れ始める。
 それでも、王はこのような公式の場では王妃を立てることを忘れない。愛想の良い笑みを浮かべ、傍らの王妃に何やらしきりに話しかけている。その光景だけを見れば、少なくとも妻に敬意と愛情を抱いている良人に見えた。
 一方の王妃もまた、衆目で醜態をさらすほど愚かではない。天下の切れ者といわれる領議政の娘なのだ。王に話しかけられた王妃は咲き匂う牡丹のような美しい面に微笑を浮かべ、宴を心から愉しんでいるように思えた。
 まさか、そのいかにも睦まじげな夫婦の語らいに見せかけたやりとりで、王と王妃がろくに視線も合わせようとしないなどと、誰が気づくだろう。状況を知らない者なら、夫妻の微笑ましい夫婦ぶりを疑いもなく信じたはずだ。
 だが、その場に居合わせた者たちは、王と王妃が心からの笑顔でこの場に臨んでいるとは誰も信じていない。何故なら、普段からの二人の険悪な雰囲気を嫌というほど知っているからである。
 誰もが王と王妃夫妻の見せかけの夫婦ごっこを茶番だと知って眺めている中、それを知らない者もまた、わずかにはいた。その日、他の殿舎から大妃殿に手伝いに集められた女官たちである。彼女たちは詳しい内情を知らない。中宮殿や大殿で王や王妃の側近く仕える女官であれば、ある程度の真実を知っているが、他の殿舎ではやはり事態の深刻さを理解している者は少ないのだ。
 国王夫妻が疎遠だという予備知識はあれども、それがどの程度のものかは知らないのだから、無理もない。噂というものほど、摩訶不思議なものはない。大抵の場合、噂がまったくの偽りであることはなく、幾分かの真実は含むものだ。
 火のないところに煙が立たないという理屈と同じである。かといって、そのすべてが真実であるかといえば、むろん、そうではない。最初は些細なことにすぎなかったのが次第に人の口から口へと伝わってゆく間に脚色され大袈裟に誇張されてしまうのだ。
 殊に明姫は噂というものを端から信じる方ではなかったから、国王夫妻の不仲説についても、あくまでも噂の域を出ないと思っていた。ゆえに、顔の輪郭も定かではないほどはるか遠方に臨席した王と王妃を下座から眺め、いかにも仲良さそうな夫婦を微笑ましい想いでいた。
 後宮では国王夫妻の仲はかなり前から修復不可能なほど冷え切っているといわれてきた。だが、今日、遠巻きに拝する二人は、寄り添い合い、王が話しかける度に王妃は美しい面に眩しい微笑みを浮かべて頷いている。どこから見ても似合いの美しい一対の夫婦ぶりであった。
 そんな姿を見るにつけ、やはり噂ほど当てにならないものはないと思えてくるのだった。
 もちろん、その気持ちの中には、ほんの少しだけ羨ましさも混じっている。明姫には今、ユンという恋人がいる。しかも、その恋人とは既に将来を誓い合った仲だ。ずっと彼の側にいられるようになりたい。今のように人眼をはばかって逢うのではなく、晴れて皆に認められて堂々と逢いたい。
 この上なく似合いの国王夫妻の姿は、明姫にその一抹の淋しさと憧れを抱かせた。
 掌楽寮の楽団が得も言われぬ調べを奏でる中、宴は和やかに進んでいった。宴もたけなわになった頃、王妃が大妃に言った。
「母上さま(オバママ)、このお庭の牡丹は殊に見事にございますね。これだけの牡丹が一度に咲き揃うと、流石に圧倒されます。まさに天上の楽園を見る心地です」
 姪にして嫁の王妃は、大妃にとって息子である王の次に可愛がっている存在である。その王妃に褒められ、大妃は上機嫌であった。
「中殿は、本当に口がお上手だこと。天上の楽園とはいささか褒め過ぎではありませぬか、主上(サンガン)」
「いいえ、もし真に天上の国があるというのなら、その天上の園も母上のこの牡丹園には及びますまい。それほどの眺めにございます」
 王は秀麗な面に穏やかな微笑みを浮かべ、妻の傍らに座した大妃に応える。
 すべてが茶番ではあるが、王、王妃、更に大妃といずれもが演技達者な役者だ。このような宴はつまらぬと態度に露骨に出し、その場をしらけさせる者はいない。
「ホホ、主上も中殿に劣らずお口が上手い。流石は夫婦、夫唱婦随で美しい」
 大妃は鷹揚に頷きながら、満足げな面持ちで庭園をひとしきり眺めた。庭には品種の違う牡丹が数えきれぬほど植わっており、それらが皆、一斉に咲き乱れている。あながち天上の楽園と王妃が称したのもお世辞ばかりともいえないだろう。
 と、大妃が突然、思い出したように言った。
「そのように気に入ったのであれば、中殿、幾つかお持ち帰りになると良い」
 その言葉に、真実はどうか判らないが、王妃が白皙の面を輝かせた。
「さようにございますか。母上さまのお心遣い、嬉しうございます」
 大妃は後方に控えていた尚宮を手で差し招いた。