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何度でも、あなたに恋をする~後宮悲歌~【完全版】

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 ヒャンダンはまた泣いている。ウンを可愛がっていたのは王妃だけではない、ヒャンダンもまたウンが世子ながら、甥のように愛情をもって接していた一人だった。ヒャンダンはいつも明姫の側に控えているから、自然とウンをヒャンダンが抱っこする機会も多かった。
 世子に冊封されてから、ウンは生母明姫とは離れて東宮殿に住まいを移した。まだ乳呑み児の我が子と引き離されるのは辛いことだったけれど、ウンは我が子であって我が子ではない。
 生まれたのが王女ではなく王子だと知ったそのときから、明姫は覚悟していたことだった。そうまでして世子となった我が子はわずか生後一歳にもならない中に夭折してしまった。
 王妃はウンのために一歳の誕生日に着る子ども用のパジチョゴリを用意していると話している矢先の出来事であった。実は明姫もまた一歳用の儀式のための服を手ずから縫っていたのだが、王妃のその言葉を聞いて、自分の用意したものではなく王妃が作ってくれた服をウンに着せることにした。
 東宮殿からは離れた殿舎に住んでいる明姫は、一日に何度か足を運び、我が子を抱くしかない。もちろん、乳母がウンをこちらに連れてくることもあるが、明姫が東宮殿を訪ねる方が多かった。
 だから、居室で一人、ウンの初めての誕生日のための服を縫いながら、我が子の行く先に幸多かれと祈った。
 その我が子がまさか一歳の誕生日を迎えることもなく逝ってしまうとは。
 ウン、私のウン。どうして、お母さまを置いて、一人だけで遠いところに行ってしまったの?
 ウンのあどけない笑顔を思い出しただけで、今も涙が溢れそうになる。あの子の笑顔や泣き顔が次々と浮かんできて、いっそ自分もウンの許に逝きたいとすら願ってしまう。
 そんな弱い心を辛うじて支えているのが、今、お腹の中で育っている二人目の我が子と、ユンやヒャンダンの存在であった。
 結局、その服はどちちも役に立つことはなかった。ウンが誕生日の半月前に亡くなってしまったからだ。世子であるウンは小さな棺に入れられる時、黄金のじゅう衣を着せられていたが、明姫は中殿が用意してくれた一歳用の服と自分が縫った服の両方を入れた。
 あれだけウンに対して細やかな心配りを見せてくれた王妃がつまらない嫉妬でこんな悪戯をするとは、やはり思えない。
 ウンが亡くなったその晩、ヒャンダンは東宮殿の外でずっと泣きっ放しであった。どうやら、ウンが亡くなってからのヒャンダンは泣き上戸になってしまったらしい。
「私は幸せ者ね。ヒャンダンみたいなお友達がいつも側にいてくれて」
 その言葉が余計にヒャンダンの涙腺を刺激してしまったようである。涙を零し続けるヒャンダンを引き寄せ、明姫はそっとその身体を抱きしめた。
 確かに自分は甘いのかもしれない。ウンが生まれたこともあり、流石に大妃(テービ)も表立って明姫に攻撃を仕掛けてくることはなくなった。冷徹な大妃も初孫は別であったらしい。
 明姫の懐妊を知った大妃の開口いちばんの科白であった。
―私はあのような賤しい女狐が生んだ子など、殿下の御子とは認めぬ。
 当初、流刑先の都からはるか遠く離れた寺にいた明姫が国王の子を身籠もったことは宮廷にも大きな波紋を巻き起こした。
 まず疑われたのが明姫の宿した子が本当に王の胤(たね)なのかという点であった。しかし、これはユン自身が自ら廃妃恋しさに堪えかね、流刑先まで通ったと告白し我が子と認めた時点で解消された。
 もちろん、自ら廃妃とし流刑に処した咎人に未練を持ち、またも関係を持ち流刑先まで忍んでいって寵愛した―その事実は王としてあるまじきふるまいだと御前会議ではユンをあからさまに非難する廷臣たちの声があいついだ。
 だが、明姫には元々、罪状らしい罪状がないのも確かだった。中殿毒殺未遂に対しても無罪である可能性が高く、しかも彼女が無罪であるという確たる証拠まで出てきたのだ。大妃を筆頭とする廷臣たちの声を鎮めるために、やむなく若き王が断腸の想いで決断したのだ。
―廃妃金氏を復位させ、宮殿に再入宮させるものとする。
 突然の王の決断に、廷臣たちは色めきたった。御前会議は大揉めに揉めた。廷臣たちからは様々な意見が飛び交い、宮殿中に嵐が吹き荒れたといっても過言ではなかった。
 だが、結局、決め手となったのは廃妃金氏が既に王の御子を懐妊しているという厳然たる事実であった。当時、二十五歳の国王には一人の王子王女もおらず、次代を担うべき王子の誕生が待たれていたのである。
 ここに来て金氏が懐妊したというのであれば、呼び戻すのも致し方なしというのが紛糾した御前会議で廷臣たちが出した結論であった。もちろん、王たるユンが王命として命じれば、明姫を呼び戻すことはできる。しかし、ユン自身もごり押しではなく、可能な限り穏便な皆の納得できる形で愛妃を入宮させたかったのだ。
 その方が後々の明姫の立場を思えば、より望ましかったからだ。そうして、明姫は大半の者たちにも認められた形で王命を受けて戻ってきた。
 その後、明姫は更に淑儀から側室としては最高位の嬪へと昇格、彼女のあげた第一王子ウンこと恭誠君は世子に立てられた。そのまま平穏に時が過ぎれば、明姫は世子の生母、次代の国王の母として、その立場は揺るぎない絶大なものとなったろう。
 しかし、天は王に愛される幸運な女人を妬むがごとく、愛盛りのウンを天へと呼び戻した。
 一年前、明姫の懐妊を知った当初の大妃の怒りは並ではなかった。
―何と嘆かわしい。主上は邪悪な女の色香に血迷われてしまわれたか。
 一時は打撃のために、昏倒したほどであった。
―私は、あのような女が生んだ子など、世子とは認めぬぞ。
 頑として言い張っていた大妃ではあったが、ウンが生まれるやいなや、態度はガラリと変わった。むろん明姫に対する態度は相も変わらずであったけれど、ウンに対しては少し違った。
 ウンが保母尚宮に連れられて王妃の許に来ている時間をわざわざ見計らったかのように中宮殿を訪れることが続いた。
―いっそのこと、世子は和嬪ではなく、そなたの手許で育てなさい。
 などと余計なことを言う始末ではあったが、利口な王妃は微笑むだけで、生母から幼い世子を取り上げようとなどはまったく考えていなかった。
 中殿が抱いているウンを見ると、柄もなく相好を崩し、自らも孫を腕に抱いた。
―中殿、流石に血は争えぬものだな。世子の顔立ちは主上の幼顔にうり二つだ。
 大妃にとっても待ち望んだ初孫である。明姫を心底から嫌ってはいても、ウンに対しては祖母としての愛情を見せてくれたことは明姫を心から安堵させた。
 時にはウンを抱いた王妃と大妃が仲良く並んで庭をそぞろ歩く姿も見かけられたものだ。
 いつだったか、明姫はそんな光景を遠くから見かけたことがあった。後ろからついてくるヒャンダンや女官たちを手で制しながら、明姫はその場に佇み、なりゆきを見守っていた。
 どうやら、ウンがくしゃみをしたらしい。と、傍らの大妃が狼狽えた様子で中殿に言った。
―池のほとりに長居をしすぎたようだ。赤児を冷たい風に長時間、当ててはならぬ。大切な世子に風邪を引かせては一大事、早うに戻りましょう。