Parasite Resort 第一章
acr07
(玲子……素敵だ)
シャワーの熱滴をふんだんに浴び終え、火照りんとした赤みを薄ら巡らせる玲子の肌、バスタオルをざっと巻いて隠すべき箇所は、あらかたは隠してあるのだが、そのボディーラインの素晴らしさは隠しようもない。括れた腰、プンと突き出たヒップ、そして……豊満満なバストの輪郭。それらが、バスタオルの布レイヤーの下、一丸となって、あらん限りの大声張り上げ、自己の存在、自己主張を、旦の眼に訴えかけている。はみ出した太もも……&胸の谷間は、言わずものな。
今、旦の体は、精神寄生体アザゼルによって乗っ取られている状態――アザゼルの言い回しを使うならば、旦の体はハッキングされている状態――自らの意思は蔑ろにされ、アザゼルの意思によって、勝手に動かされている――自分の体の為す業、一挙手一投足を、まるで他人ごとかのように眺めている。それが、今の黒家旦の肉体と精神の状態である。何も知らぬ第三者から見れば、アザゼルと旦、一体どちらが宿主で、どちらが寄生体なのか分からない状況であるともいえるだろう。恐ろしいことに、旦自身もそう感じ始めていた――まるで……自分の方が、この体に寄生しているようじゃないか――と。
*****
黒家旦(くろいえ ただし)の初体験は、高校三年の時。相手は部活の一年先輩。名は村主麗(すぐり れい)。部活は、吹奏楽部、担当していた楽器は旦、麗共にアルトフルート。未経験者で、楽器演奏に関しては高校デビュー旦に、麗は、優しいお姉さんそのもののを地で行くキャラクターで、フルート演奏のいろはを手ほどきしてくれた。いつしか旦は、麗の事を、優しい先輩という範疇に収めておけないほど……慕うようになっていた。しかし、麗にとって旦は、ただの遊び。一部の女子にカルト的な人気のあった眼鏡男子、黒家旦という男をただ味見したかっただけ……自分の男遍歴コレクションの1つに加えたかっただけであった。
SEXを終えた途端、麗は冷淡になった。「気が向いたら連絡するわ」とだけ言い放って、ホテルに旦を置き去りに、颯爽と去っていた。それ以来、麗からの連絡はなく、無論、旦からの電話に応える事もなく……ただ、心を抉るような時間の経過だけが、旦の初体験を……そして初めてとも言える本気の恋を……いたずらに風化させて言った。
それ以来。旦は、性行為に対して極度に消極的になってしまった。それは、トラウマといっても良いのかもしれない。
3ヶ月も付き合って置きながら、玲子と何も無いというのも、旦のまだ癒えぬ心の傷のためであるのだろう。玲子に対しての想いが真剣であればあるほど、旦の心は臆病に引っ込んでいった。そしてズルズルと3ヶ月。
「セカンド・ヴァージン」と言う言葉には、どこか脆くも悲しな、女性らしい儚さを伴った響き、趣がある。しかるにである。「セカンド・童貞」という言葉においては如何なものであろうか?その言葉には、憂いも哀愁もない。あるといえば滑稽さのみ、この言葉を聞いた10人の内、2~3人が、「セカンドを守っているプレイヤーは童貞なのだろうか?」と勘ぐるのがせいぜいの関の山であろう。
しかし、旦の心の傷は、第三者には知りえぬほどシリアスなものである。黒家旦が経験した年上の女性、麗との初体験。恋い慕う相手と結ばれた途端、それが別れの銃爪となってしまうという衝撃的な体験。それは、旦にとって、男女の交合というものを、別れそのものを連想させる行為として定義させてしまうに十分な体験であった。
滑稽だが……嗤うには重いトラウマ……虎馬……動物園にいない架空の心傷……
*****
玲子が、旦の前を通り抜け、ベットに腰を下ろした。旦の心臓はドキリとした。そのドキリは明らかに旦の思惑を反映したものであった。鼓動を激しくする心臓の動きを感じて、旦は――不随意運動は、アザゼルの支配下にないのだな――と、思った。
「どうしたの?シャワー浴びて来なよ」
玲子は、不思議そうに旦を見つめ、そう言った。旦は、アザゼルの次なる言動を――ただ脳の中に閉じ込められた一人格として――自分の体が起こす次のアクションを、ただ待つより他ない。
「……玲子」
アザゼルは、悶えるようにそう言って――旦の口にそう言わしめて――シャツの胸を肌蹴ながら、玲子の横に腰掛けた。細身の旦の肉体が、露見していく。シャツを脱ぎ捨てベルトをスルルと引き抜きながら、アザゼルはこう言った。
「綺麗だよ」
その点に関しては、旦にとっても依存の無い意見ではある。
「……あ、ありがと」
玲子は俯いてしまった。
「ねぇ、旦……聞いてくれる」
「ん?何?」
玲子の半裸が、隣に座っている。
旦にとって最愛の彼女、その彼女との初めての契り――それが、手を伸ばせばの30cm隣にある。旦の心はキュン死しそうなほど猛り悶えていた。愛という名の石炭が、ジャンジャンと溶鉱炉にくべられていくフィーリング。
しかるに、数千年の時を生きてきた精神寄生体、アザゼルにとって、目の前の玲子の体は、ただの供物――生贄に過ぎない。肉を持たぬ霊体の尽きせぬ肉欲の器――肉製の聖杯。
旦には、これから起こるであろう凄惨激しい性の饗宴を食い止める手立ては無い。せいぜい出来る事といえば、アザゼルの呪縛に捕らわれていない唯一の不随意筋、心筋を盛大にピクつかせる事ぐらいである。
「私ね……旦……」
玲子の眼が潤潤している。その小さな肩は押し震え、湯上りピンクの肌はと言えば、湯煙の名残に、玲子本来の匂いを紛らせて、フワフワと白んだ大気を漫画の吹き出しの様に、空(くう)放っている。
「……私……初めてなの」
(え?)
旦は驚いた。
――大人びた魅力に溢れている玲子、優れた頭脳の聡明さと生来の気品、そして落ち着いた雰囲気を常にオーラのように身にまとっている、あの玲子が……ヴァージンだったなんて……
「大丈夫……俺がリードするから」
玲子は黙って俯いたまま、限りなく小さくコクリと頷いた。
アザゼルの思念が流れ込んで来る。
(こいつぁ最高だ!初物とはな。100年ぶりに受肉して、まさか最初の供物が処女だとは幸先がいい!心地よさよりも痛み……それこそが性の本質、快楽の源泉……この女の体に、それを教え込んでやる。そこで指を咥えて見ているがいい、黒家旦よ)
旦の網膜に、アザゼルの映像が現れた――これは、あくまで旦の意識に見せるデモンストレーションなのであろう。映像化されたアザゼルは、玲子を背後から抱き締め、そのマグマのように赤い腕を伸ばして玲子を捕らえ、指の一本一本を蛇のようにくねらせて、玲子の胸をそっと包みこんだ。そしてほくそ笑む。長い舌を伸ばして、玲子のうなじにそれを押し付け、旦を横目に嗤いながら、こう言う。
「ククック、この女、最高の上物だなぁ、我が宿り主、黒家旦よ。今より、お前の体を使って、目の前の女を犯しめて、血と肉骨かき混ぜる、破瓜の儀式を執り行う!」
作品名:Parasite Resort 第一章 作家名:或虎