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Parasite Resort 第一章

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「名乗る必要もなかろう」

 赤い女はそう言った。赤い肌、短い銀髪、赤い瞳、短い麻布を体のアチコチに貼り付けている。しかし、隠れていない肝心の部分も多い。

 旦は、驚かない自分に驚いていた。突然の異常人物の登場に際して、あまりにも平然としている自分に愕然としていた。

「……アザゼル?」

 赤い女の名を……きっとそれで間違いなかろうと思われる名を……呼んでみた。

「そうだ。私の名はアザゼル。旧約儀典『第一エノク書』に記載されている堕天使……と同名の精神寄生型情報生命体だ」

 ――精神寄生型情報生命体?

「……それで?……その精神寄生なんたら……型生命体が、俺に何の用だ」

「用?……まぁ、挨拶だなこれは。私がハックした宿主であるお前に、私の存在を認識しておいてもらおうと思ってな」

「……初めまして」

 間抜けに挨拶をしてしまっている自分自身にも旦は驚いた。

「ふふ、礼儀正しいな人間の青年よ。最初のアクセスで、これほどまでに冷静なリアクションを返した人間はお前が初めてだ」

 旦は、思った。

(俺は今、幻を見ている)

「そうだな。幻と言っても的外れではない」

(これは、俺の妄想だ)

「その認識は外れている。私はお前の妄想の産物ではない」

(消えろ俺の妄想)

「ふむ……冷静だと思ったが。静かにパニクっているだけだったようだな」

 アザゼルと名乗った女は、つかつかと旦に歩み寄る。そのグラマラスな体には関節が無いのだろうか?腰のラインからお尻にかけてを液体のようにプルプルと震わせながら、旦の目の前に立つ。

「私は……もはやお前なのだ……いや、お前はもはや私。こういった方が分かりやすいかな。差し当たってお前の自我は残しておいてやる。その方が今後何かと便利だろうからな。だが利用価値がなくなった時点で、お前の自我は完全に消滅し、この肉体は私の所有物となる」

「……そんなの……違法だ!」

「法?人間風情が私に法を解くのか?面白い!」

 アザゼルは嘲笑った。そして、笑顔をその小さな顔に集約させたまま、ゆっくりとしたモーションで、手を振り上げて、旦の顎を掴んだ。

「今すぐにお前を消滅させても良いのだぞ人間」

 自分の顎にあてがわれた手のあまりの熱量に、旦は、心胆を寒からしめた。

「先程私を幻だと言ったな。今、お前が見ている私は、確かにそのようなものだ。お前の視覚野をハッキングして、お前の網膜に私の情報を投影しているのだ。しかし、真実私の実態は、幻なんかではなくて、既にお前の肉体と精神にガッチリと寄生し、融合してしまっているのだよ。人間の青年、黒家旦よ。お前の意思に関わらず、私は既にお前、お前は既に私なのだ」

「嘘だ」

「嘘ではない」

 そう言い残してアザゼルは消えた。辺を見回す旦。

「どこを見ている?ほら……私は今どこにいる?感じるだろう?お前の中にいる私を……」

「やめろ……出て行け……」

「無駄だ。もうお前と私は離れない。この肉体が生物学的に終わりを迎えるまで、私はここにいるのだ」

(死)

「ふふ……そうだ。死ぬまで私はここにいる」

「あ……熱い……体が熱い……出て行け」

「私が出て行く時、いずれにせよお前の肉体は損壊してしまうだろう。生命活動を保てない程にな……それでも良いというのなら、試しに出て行ってやっても良いぞ……フフフフフフフフ」

 旦の頭の中に、悪魔じみた笑い声が木霊響いた。

 頭を抱え苦悩する旦。ブルブルと激しく身悶えした挙句、ガックリと膝から崩れ落ちた。旦の精神が敗北し、アザゼルがその優位性を確実にした瞬間……と思われたその一瞬。

「見つけたぞ」

 背後から女の声がした。それはアザゼルの声とはまた違ったハスキーな声であった。そして、何か巨大な器具で、後頭部を鷲掴みにされているような感覚が、旦の神経に疾走った。

「な……だ……何者だ?」

 これは、旦が発した台詞ではない、アザゼルが発した疑問文であった。

「アザゼル……我らグレゴリの裏切り者……その罪……死をもって償うがいい」

 ギリギリと後頭部が締め付け上げられ、頭蓋骨が軋む音が、頭の中でくぐもった音響を乱反射させる。旦の体は数十センチも持ち上げられている。ジタバタとバタつく足、宙を掻くばかり。これを足掻くというのであろう。

「その声……シュミハザ……か?」

 旦の脳に、電子的に情報が流れ込んできた。堕天使の群れ「グレゴリ」の長、その名はシュミハザ。

「アザゼルよ……迂闊だったな。流石のお前も人間と交信している間は無防備となるようだな。その瞬間を待っていたのだよ」

「……不覚」

「愉快だ!最強の戦士と呼ばれたお前を、こうして私の手で葬れるとはな」

 旦の頭を掴んでいるモノの先端が、視界の周縁に現れた。それは金属製の鉤爪のように見えた。

「その人間の精神から出て来い!アザゼル」

 一層の力が旦の頭に加えられた。死が実感となってそこに現れた。それは暗闇に似た情景となり、視界をグラデーションで暗転させて、そのエフェクトに意識の鮮明さを道連れさせて、あわや消滅寸前。

「見くびるなシュミハザ」

 アザゼルの声が爆ぜるように響いた。その声の爆発は、旦の肉体の内奥から、莫大な熱を熾した。

「うおぉらお嗚呼ああああ」

 旦の口から苦痛が漏れた。絶叫。

「チッ」

 掠れた女の声が小さく呻く。

 旦の体が地面にふっと落ちた。脚部の関節はその用をなさず、無残に地に伏す旦。しかし、それも束の間、マリオネットのように旦の体は持ち上がる。そして飛び退き振り返る。一連の行動は旦の意思によってなされたものではない。きっとそれを行なっているのはアザゼルなのだあろう。

「アザ……ゼルめ」

 今や旦の全身は、半透明の紅蓮の焔で包み込まれていた。それは武装のようであった。握りしめた手は、紅蓮の焔の塊を纏って一際大きく燃えている。

 そんな旦を憎しみとも怯えともとれぬ眼差しで釘刺しに見つめる女がいる。地面に届くほどに長い白髪、白い肌はまるで光で出来ているように見える。纏っている服は、天使のそれを連想させる白い布。天使にしか見えないそんな女が見ているのは、実は旦ではなく、その奥に潜むアザゼルであった。

「シュミハザ……私の事は諦めろ。お前の戦闘力では、私を消滅させることは出来ない。帰ってお前の仕事をするのだ。私の希望は、人間としてひっそりと生きること、ただそれだけ。お前たちの戦いに、私を巻き込むな」

「許せない……アザゼル……何故人間と交わるのだ……何故……何故私では駄目なのだ……」

「……シュミハザ」

 同情に近い感情、アザゼルから発せられたものであろうそれが、シナプスを経由して、旦の脳に流れてきた。その感情に呑まれそうになった瞬間。シュミハザの武装した手が、旦の心臓目掛けて飛び掛ってきた。

「無駄だと言っている」
作品名:Parasite Resort 第一章 作家名:或虎