Repeated the wolrd
突然のお願いで、動揺するかの前に上目遣いのさくらがかわいく見えた。
「い…いいよ、なんでも言ってみてくれ」
「うん」
「…」
言い出しづらそうにして、暫し無言が続いた。
「今日…」
「うん…」
「一緒に…」
うん?
「帰ってください」
―今日いっしょに帰ってください―
「ええ、いいの」
「うん、前川くんじゃないと…ダメ」
「わ、分かった」
「うん」
まだ散り終えていない桜の木に別れを告げ、昇降口を目指すかのようにゆっくり一歩ずつ二人で歩き出した。
二人の恋が始まっていることに両方とも気づいてはいなかった。
それが、真実に繋がっていることにも知らずにいた。
夕方
さくらの願いもあって、いっしょに帰ることになったのはいいのだが、俺たちはいつ帰り道が分かれるのだろうと考えていた。
俺はさくらがどこに住んでいることさえ知らなかったのだからな。
それにしても、女の子といっしょに帰るのは小学校以来だ。
何を話していいか分からずに、沈黙の続くままに歩いていた。
「ここが私が住んでいるところです」
「えっ」
見慣れた風景。
団地の前の公園。何かと親切なおばあさんの家。
そして、俺の住むマンション?
「もしかして、うちのマンションの近くに住んでいたってこと?」
「いいえ、一緒のマンションですよ」
「はい?」
マンションの階段を上がっていく、先頭を歩く桜のスカートが揺れて見えそうで見えないもどかしさを感じていた。
何考えているんだ俺は。一人で悶えているうちに、五階に辿りついた。
俺は「うちの階じゃないか」と、呟きながらさくらの後ろを歩いた。
「ここですよ」
そこには、刻まれていた、卯月と。
しかも、うちの505室の隣っていいのこの展開。まずは、落ち着こう。無理だった。
「うそだろ、まさか俺が気づかないわけがない」
「うそではありません。ここ十八年暮らしていますよ」
「ずっと隣だったなんて、ありえない。ここに住んでいるのは、堅実な旦那と美人でかわいい奥さんでしょ」
「それは。両親です」
はい?可愛い奥さんに可愛い娘で堅実な父親ってどこのアニメだよ。
「あの…」
「うん?」
あまりの動揺でさくらがいたのを忘れかけた。
「中に入りませんか?私の部屋でお話しませんか」
「いいの」
女の子にそういった類の誘いを受けたことがなかったので、照れてしまった。
「前川くんが、よかったらですよ」
「もちろんだよ」
大空は心の中ですごく喜んでいた。
さくらの506号室と書かれて部屋に入って行った。
中身はうちの家の仲と変わらず小部屋がそれぞれに設けられ、リビングもあった。
入ってすぐの部屋にさくらと書かれたプレートが掛けられていた。
さくらが「少し待ってて」と言って中に入って行った。俺は「女の子でも片づけるものがあるのか」と呟いていたら、ドアの隙間から顔を出したさくらが「見たら怒るよ」気持ちのこもっていない返事が返ってきた。俺は、「聞こえてた?」と聞くと、「何も聞いてないよ」と桜に言われてしまった。またさくらは部屋の中へと消えて行った。聞かれなくてよかったと心のそこで静かに言った。
「入っていいよ」
と、言われた俺は部屋に入って、目に入った光景に驚かされた。
さくらは制服から着替えていた。私服なのだろうか、ふわふわした感じを与えてくれるものがあった。
壁が桜色。壁の隣に書きかけの桜の絵が描かれたキャンバスがあった。
あと、クマのぬいぐるみが大きいものから小さいものまであった。周りとは別の手作り感のあるクマのぬいぐるみまであった。
「どうぞ」とさくらに言われるがままに小さな机を挟んで座った。「両親は?」と聞いてみると、「まだ帰って来ないよ」と答えが返ってきた。
ということは、二人きりってことだよな。やっぱり女の子の部屋って落ち着かない。気を紛らわそうと質問してみた。
「クマ好きなんだね」
「うん、ふわふわして気持ち良さそうなイメージがあるよね」
俺には凶暴というイメージが強いのだが、さくらはお気に入りと思われる手作り感が溢れるクマのぬいぐるみを抱いて撫でていた。
描きかけの絵のことが気になった。
「この絵、きれいだね」
「ありがとう、絵で褒められたの久しぶりだよ」
「そうなのか、コンクールとか応募したりしてないの」
「しているよ。うちの学園は美術コースは作品の出展が義務付けられているからね」
知らなかった。まさか学園がまともに機能してたんだな。
さくらは本棚から一冊の本を取り出した。そこには〈如月学園主催 芸術コンクール〉と書いてあった。
何ページかめくってみていると「最優秀賞受賞者 卯月 さくら」と載っていた。その文字の上に絵が載っていた。
見る人を引き込む独特の筆使い、その中に咲く一輪の花が印象深かった。
「クラスにこんな逸材がいたなんて知らなかったな」
「私が、絵を描き始めたきっかけって、ある男の子に褒められたからなんだ」
「その男の子との出会いは?」
俺は何十年暮らしていて、さくらと子供のころ遊んだ記憶がない。
彼女を知ったのは、つい最近だからな。別な男子なんだなと思った。
「私、子供の頃は病弱だったんです」
「…」
黙って俺は話を聞くことにした。
「外で遊びたくても、体が弱いのでベランダから眺めるだけでした。みんなと遊んでいる子供の中で輝いてる男の子がいました」
「…」
「その男の子と遊びたくて、両親に内緒で外に出て、男の子を見つけたんです。男の子はいつものようにみんなと楽しくはしゃいでいて、男の子の周りにはいつもみんなが集まっていて、私も入りたいと思っていたんですけど病弱だからと仲間外れにされるんじゃないカット思って遠くから眺めていたんです」
なんだろうか、さくらが子供のように無邪気に話しているのをみると、昔のことを思い出していた。
「その後は?」
「はい、その男の子が私に気づいて駆け足で近づいてきたんです。私は緊張して木の陰に隠れてしまったんですけど、一緒に遊ぼうよって言ってくれたんです。私は嬉しくて時間を忘れて遊んでしまったんです」
「両親が私がいないことに気づいたんです」
なんだろう、なぜか続きが分かった気がした。
「そこで、女の子の両親が来て、連れ帰ってしまった」
「男の子は、また遊ぼうねと言ってくれた」
「でも、女の子は風を引いてしまって、また遊ぶことができなかった」
「ある夜、あの男の子が私の家にやってきたんですよ」
次第に、思い出すあの日のことを。続きを俺が言った。
「男の子はベランダからやってきた」
「はい、そうです」
「ベランダにある隣の部屋とを遮る薄い壁に穴を空けてやってきたんだ」
「私は窓の外を見つめていたら、雪が降っていたんです。そしたら、男の子が脇から出てきたんで慌てて隠れちゃったんですよね」
「でも、すぐに気づいてもらえて中に入れてもらえた」
「遊びに来たよ」
と、二人の声が重なった。
作品名:Repeated the wolrd 作家名:八神 航平