小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

何でも、あなたに恋をする~後宮悲歌【ラメント】Ⅳ

INDEX|4ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

 何事につけても華美を好む大妃は、緋牡丹を殊の外愛し、大妃殿の庭には至る所に牡丹の花が植えられていた。今日は満開になった牡丹を内輪の親しい者たちで集い愛でようという趣向のものだった。
 内輪の宴といっても、若い国王や王妃、更には飛ぶ鳥落とす勢いの領議政など錚々たる顔ぶれである。大妃殿の女官たちは普段、気難しい大妃の顔色ばかり窺って過ごしているため、この日ばかりと皆、それぞれに化粧にも余念がない。
 万が一にも国王の眼に止まり、お手つきにでもなろうものなら、やがては側室、王の御子の生母ともなれる立身出世の道が拓かれるかもしれない。当代の国王直宗には、まだ一人の御子もいない。ゆえに、目下、王妃初め二人の側室の中の誰が王の第一子をあげるかという大問題が注目されている。
 とはいえ、中殿と呼ばれる王妃は既に婚儀を挙げてから七年を経ている。その間、一度も懐妊の兆候はなく、心ない者たちは
―中殿さま(チュンジョンマーマ)には最早、お子がおできにならないのではないか。
 と、王妃を石女扱いしている向きもあった。
 が、王妃はまだ二十二歳の若さである。国王より一歳年長とはいえ、まだまだ懐妊の可能性は棄てきれない。
 王には更に半年前に迎えたばかりの側室たちが二人いるが、いずれもまだ懐妊はしていない。―と、表向きは少なくともそういうことになっている。しかし、内実はというと、若き王はまだ一度もこの二人の側室たちの許に渡ってはいない。逆に彼女たちが王の寝所に招かれたこともなかったから、懐妊しないのは当然といえば当然なのだ。
 では、王妃との夫婦仲はといえば、けして良いとはいえなかった。王自身はそれでも王妃に歩み寄ろうとしているのだけれど、何しろ、王妃は気位が人一倍高く、良人である王を弟扱いしている。また何かにつけては実家の威光を持ち出し、王妃の父領議政は態度だけは若い主君に対して慇懃なものの、その実、王を〝ペク家の婿扱い〟してはばからない。
 美しい王妃は美男の王と並べば似合いの夫婦であるのに、何故か二人の間に漂うのはよそよそしい空気であった。そのため、大妃殿の若い女官たちの間では、
―国王さまと中殿さまはご夫婦というよりは、厳しい姉と遠慮ばかりしている弟のようだ。
 と、しきりに噂されていた。
 領議政は朝廷の重鎮であり、臣下たちの間に絶大な影響力・発言権を有している。その上、血縁上も王の母の兄、つまりは王の伯父という立場にあった。これでは若い王が領議政に対して一歩引くのも致し方ないという感が誰にもあったのは確かだ。
 若い頃の大妃を知る者であれば、王妃の気位の高さや高慢ぶりは昔の大妃にそっくりそのままだと知っている。先代の王は大妃の高慢さと嫉妬深さに辟易し、ろくに妻に寄りつこうともしなかった。
 だが、今の国王は妻との間に夫婦らしい愛情を育てようと努力はしていたのだ。少なくとも婚儀を挙げて数年間は。しかし、国王が幾ら心を通わせようとしても、王妃の頑なな態度が変わることはなく時は空しく過ぎた。
 今では流石に王も王妃と打ち解けることは諦めたらしく、同じ宮殿内に暮らしていながら、二人が一緒にいる光景を見かけることは殆どない。本来なら最も近い存在であるはずの夫婦なのに、まさに遠くて近い他人といえた。
 二十一歳の国王はとりたてて女好きというわけでもなく、後宮には形ばかりの王妃と二人の側室がいるだけ。ならばお手つきの女官がいるかといえば、それもない。一部では
―国王殿下は男としての機能をお持ちではないのでは?
 と本気で世継ぎの誕生を心配する朝廷の忠臣? もいるようである。
 女と見紛うほどの王の典雅な美貌は後宮の女たちを恍惚とさせるには十分だった。たとえ王でなくとも、女たちを魅了するその美男ぶりだけで、十分モテたに違いない。―と、これは極めて下世話な物言いだが。
 とにかく後宮の女官たちは下の水くみ女に至るまで、若き国王の眼に止まることを切望している。しかも今日、普段は重く沈鬱な空気に包まれている大妃殿にその美男の国王が来られるというのである。女官たちが騒然となるのも無理はなかった。
 昼前になり、主だった参加者が次々に大妃殿に入った。庭園には天幕が張られ、上座の中央―最も庭園がよく見渡せる場所に国王夫妻、少し間を置いて下がった場所、即ちに王妃の右隣に大妃の席が設えられた。
 更に大妃より一段下がった左隣に側室ユン昭儀、変わって王の右隣、やや下座には領議政ペク・ヨンスの席が作られた。
 定刻になり、いよいよ華やかな宴の幕開けである。掌楽寮(チャンアゴン)の職員たちが一同に会し、庭園の片隅にそれぞれ楽器を持って待機していた。やがて開宴の合図が高らかに鳴り響くと、一斉に楽の音が流れ始める。
 それでも、王はこのような公式の場では王妃を立てることを忘れない。愛想の良い笑みを浮かべ、傍らの王妃に何やらしきりに話しかけている。その光景だけを見れば、少なくとも妻に敬意と愛情を抱いている良人に見えた。
 一方の王妃もまた、衆目で醜態をさらすほど愚かではない。天下の切れ者といわれる領議政の娘なのだ。王に話しかけられた王妃は咲き匂う牡丹のような美しい面に微笑を浮かべ、宴を心から愉しんでいるように思えた。
 まさか、そのいかにも睦まじげな夫婦の語らいに見せかけたやりとりで、王と王妃がろくに視線も合わせようとしないなどと、誰が気づくだろう。状況を知らない者なら、夫妻の微笑ましい夫婦ぶりを疑いもなく信じたはずだ。
 だが、その場に居合わせた者たちは、王と王妃が心からの笑顔でこの場に臨んでいるとは誰も信じていない。何故なら、普段からの二人の険悪な雰囲気を嫌というほど知っているからである。
 誰もが王と王妃夫妻の見せかけの夫婦ごっこを茶番だと知って眺めている中、それを知らない者もまた、わずかにはいた。その日、他の殿舎から大妃殿に手伝いに集められた女官たちである。彼女たちは詳しい内情を知らない。中宮殿や大殿で王や王妃の側近く仕える女官であれば、ある程度の真実を知っているが、他の殿舎ではやはり事態の深刻さを理解している者は少ないのだ。
 国王夫妻が疎遠だという予備知識はあれども、それがどの程度のものかは知らないのだから、無理もない。噂というものほど、摩訶不思議なものはない。大抵の場合、噂がまったくの偽りであることはなく、幾分かの真実は含むものだ。
 火のないところに煙が立たないという理屈と同じである。かといって、そのすべてが真実であるかといえば、むろん、そうではない。最初は些細なことにすぎなかったのが次第に人の口から口へと伝わってゆく間に脚色され大袈裟に誇張されてしまうのだ。
 殊に明姫は噂というものを端から信じる方ではなかったから、国王夫妻の不仲説についても、あくまでも噂の域を出ないと思っていた。ゆえに、顔の輪郭も定かではないほどはるか遠方に臨席した王と王妃を下座から眺め、いかにも仲良さそうな夫婦を微笑ましい想いでいた。