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一縷の望(秦氏遣唐使物語)

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「まあ黙ってついてくれば、面白いものを見られますぞ。危なくない様に出来るだけ後方で見ていらっしゃい。最後まで見届けさえすれば、密教の必要性が分ると云うものです。それから行表法師様は実は御病気で亡くなられ、最澄様には拙僧からお知らせする次第で
す。それともうすぐ目的地に付きますが、私は直接戦わなければなりませんので、見るのはお一人でお願い致します。最後まで見届けることが出来れば、秦氏一族からの金銭的援助を受けられますぞ。頑張って下され。」
「御師様がお亡くなりとは知らず、失礼なことを申してしまいました。それと金銭的援助はどうでも良いのですが、化け物など本当にこの世にいるのかなあ。どうも怪しく思えてなりません。」
と言って周りを見回すと、最澄様は自分より年下で乞食の様な行者の格好をした真魚様を見つけて、驚いてこう仰いました。これは真魚様が大学を出奔した時、着の身着のままであった為、その格好のままであったからなのです。髪も髭も伸ばし放題で、全身汚れて臭気を放っておりました。
「あれはどなたなのですか? 私より年下の様に見えますが、本当に危なくはないのですか?」
「あぁあれは、讃岐からいらした佐伯真魚様です。最澄様と違って、戦力として参加なされているのですよ。ここでの働き次第では、あの方が秦氏からの援助を受けるかもしれません。あなたの好敵手と云うわけです。」
「ふーん、あんなに若い者が戦士ですか。」
と言って、みすぼらしい格好で自分より若い真魚様をじろじろ見つめていると、真魚様はそれに気付き、にっこり笑われたのでありました。その凛々しい可愛らしさに、最澄様は何故か顔を赤らめてしまわれたのです。過去にあの事が有って以来、男に対しても女に対しても何の個人的興味も沸か無かった最澄様にとって、それは生まれて初めての感情だったのでした。何か言おうと思った瞬間、もともとこの計画を実行する積りでいた勤操法師様が、中心となって皆への注意を言い始めたのです。
「ここが不破内親王のおわす淡路神社だ。ここで待っておれ。門番の者と話をつけて参る。」
 そう言って勤操法師様が、入口の鳥居の所に居た二人の門番と何やら話しておりましたが、やがて建物の中から数人の女が逃げ出し、門兵の二人は一行を鳥居の中へ通してくれたのでした。門を入る時に勤操法師様の仰ることには、
「ただ今不破内親王の身の回りの世話をしていた弓削の者(道鏡法師の縁者)と親王の弟子の県犬養姉女(あがたいぬかいのあねめ)、石田(いわた)女王、忍坂(おさか)女王は逃げ去った。弓削の者達も、これ以上秦の者達と面倒を起こしたくは無いのだろう。門番の者も、内親王が何か悪さをしないか見張っているだけで、害そうとする者がいたら、見て見ぬ振りをせよと申し使っておるそうだ。安心して入られよ。入ったら尼の皆様は建物の周りをぐるりと取り囲み、読経を上げて結界を作り、早良親王などの怨念が入って来られぬ様にするのだ。さすれば、ここにいる不破内親王の一人の力のみとなる。実忠法師様と真魚様と秦隼麻呂と秦刀自女は、拙僧と共に扉の前に並びまする。最澄様は我らのずっと後方にお控え下され。」
と云うことで勤操法師様は、伊勢神社に伝わる宝刀布流剣(ふるのつるぎ)を、黒鶻(こつ)(隼)を肩に乗せた秦隼麻呂に抜かせ、白い頭巾を被って顔を隠した尼達に周りで読経を始めさせると、大きな声で室内に向かって叫んだのでした。
「不破内親王、御覚悟召されよ。我ら秦の者、陛下に仇なすそちを成敗しに参った。大人しくしていれば、楽に地獄に送ってやろうぞ。返答はいかに。」
 一同は耳を欹(そばだ)てて聞きましたが、建物の中からはことりとも音がしなかったので、秦隼麻呂が、
「失礼。」
と怒鳴りながら、戸を蹴破ったのでありました。
 中には真新しい祭壇が設(しつら)えられ、早良親王や塩焼王、井上(いのえ)内親王他戸(おさべ)王親子、藤原広嗣、果ては長屋親王の名までがそれぞれ書いてある位牌が並べてあり、その前に不破内親王が仁王立ちしておりました。
「来おったか、秦の小童(こわっぱ)共、待ち兼ねたぞ。」
と言い放ったのでした。勤操法師様はそれ対し、
「不破内親王、最近の様々な早良親王の怨念による厄災と称するは、全て汝の仕業であろう。」
 そう言い返して一歩前に出ると、不破内親王の顔がはっきり見えてきて、それが病(当時の白(しら)癩(はたけ)、今のハンセン氏病)に冒されて膨れ上がっていることに気付き、また一歩下がってしまったのでした。
「ふぁっ、ふぁっ、ふぁっふぁっ。少しは頭が回る様じゃの。わしの顔が怖いか。わしは死なぞ恐れてはおらぬ。またお前らは、早良親王様達の怨念とわしを切り離して安心している様だが、お前らなどわし一人の力でも十分じゃ。見た通り、わしは病でもう長い命では無い。そこでお前ら全員地獄への道連れとしてやろう。わしの短い命でも、捧げれば魔族は喜んで受けてくれよった。これがその代償に受け取った力じゃ。受けるが良い。」
と言うが早いか、親王の身体は青白い炎に包まれ、そのままこちらに突っ込んで参ったのです。一同は素早く後ろに下がりましたが、一人だけ逃げずにいつの間にか結跏趺坐で座り込んだ真魚様が、眼を閉じて何やら読経を唱えてその場を一歩も動かなかったのです。不破内親王はそれに気付き、
「小僧、そんなに命が惜しくないか。」
と一声叫んで、乞食の様な真魚様の方へ向って襲って来たのでした。あわや真魚様にぶつかろうとした瞬間、開け放たれた戸口から小さな流星が落ちてきて不破内親王を吹き飛ばし、その身体を四散させ、燃え尽きさせたのでした。燃え尽きる前、不破内親王は涙をこぼしながら、
「何故我ら姉妹だけが、不幸な目に遭わねばならぬのだ。我らだって他の皇族の様に…。」
とそこまで言うと、骨まで焼き尽くされたのでありました。そしてその星は部屋の中を旋回すると、真魚様の空けた口の中へさらに小さくなりながら吸い込まれていったのです。その時真魚様は太陽の様に光り輝き、後で本人から聞いたお話によりますと、頭の中で故郷四国の土佐に在る最御埼(ほつみさき)(室戸岬(むろとみさき))にかつて立って見た空と海のことばかり思い浮かべておられたそうなのでした。身体の中に流星が入り込むと、真魚様はかっと眼を見開き、やおら立ち上がって辺り一帯に鳴り響く様な声でこう叫んだのです。
「我が名は空海なり。全ては悟った。」