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一縷の望(秦氏遣唐使物語)

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「ふむ。他人の手にあの布流剣(ふるのつるぎ)を貸すのは気が引けるが、仕方有るまい。ところで今回は最澄の最初の師である行表様にも来て頂いているとか。何か行表様にもお口添え頂けませんか?」
と刷雄様に問われ、老齢の行表法師様がゆっくりと立たれたのでした。
「近江国崇福寺の行表と申す。宜しくお願い致す。最澄は拙僧と実忠和尚とで言えば、承知せざるを得ないでしょう。しかし、雑密の力は何もありませんから、今回は事の次第を見届ける度胸があるかどうかだけ見て、秦氏の方々に顔を知って貰うのだけを目的とすれば良ろしかろう。またそれで戦力として不安なら、山背国の寺で二十年間悔過修福(けかしゅうぶく)の行を行っておった秦忌寸刀自女(いみきとじめ)以下三一名の尼達が、この度満願成就したので、彼女らを同行させてはいかが。」
と行表法師様が答えると、実忠和尚様がこう仰ったのでした。
「それは良い。山背なら比叡山に最澄を迎えに行くついでに行表と共に寄って来よう。これで万全じゃ。」
 こうして図らずも、再び地方を代表する蝦夷の佐伯氏の真魚様と、中央の藤原の血を引く広野様の対決が実現してしまったのです。両勢力を代表する二人の高僧が同時に世に出たことにより、その対立は避けられぬものだったのかもしれません。
 こうして話し合いが終わりかけた時、いつもは何も言わず話し合いを聞いているだけの種継様の長子藤原仲成様が、次の様に仰ったのです。仲成様は容姿は父親と良く似ているのですが、良く言えば貴公子然としていて、悪く言えば背が高い割には痩せていて顔色も白く、いかにも身体を動かすのが苦手そうな方でした。
「しばしお待ちあれ。一人皆様に紹介したきお方があり申す。」
「ほう、仲成様、そこにいる藤原縄(ただ)主(ぬし)はそちらの縁者であったか、是非とも我らに紹介してくれ。」
と祖父(藤原小黒麻呂)が言ったので、仲成様は続けられました。
「はっ、お言葉に甘えまして、しばらく時間を頂きたく存じます。今も名の出ましたこち
らの縄主様は、報告が遅れましたが、実は妹の薬子の婿となり、既に一子を設けました。また、薬子の異母妹の東子も陛下への入内が決まり申した。薬子は現在、東宮宣旨(高級女官)として宮中で皇太子安殿親王(後の平城天皇)にお仕え申し上げております。」
 それに合わせて、縄主様がこう仰り、
「藤原縄主と申します。皆様宜しくお願い致します。」
と頭をお下げになりました。父(藤原葛野麻呂)は東宮大夫とゆう役目柄このことを知っておりましたが、何故か憮然とした表情でこう呟いておりました。
「薬子は髪上げ(成人式)もまだだった、東子に至ってはまだ幼女だぞ。余りに痛ましい。」
 仲成様はこれを聞きつけ、こう仰ったのでありました。
「はい、父上が亡くなる前から東宮への出仕は決まっておりました。あの様な痛ましい父上の死の為寄る辺ない身の上となりましたので、急ぎ髪上げさせまして出仕させたので御
座います。その時、縄主様に見初められ、この様な仕儀と相成りました。東宮御所には、出産後も出仕が続けられ、陛下(桓武天皇)や親王様にとても気に入られて、東子も薬子に付いて参内した折に陛下に見初められたように御座います(後に東子は甘南備内(かんなびない)親王と云う娘を残し、西暦八0六年夭折する)。また私もそのお零れに与かり、従五位下に叙されたのです。」
「ほう、お若いのに大したものだ。父上(種継)の再来ですかな。」
と祖父(小黒麻呂)が言うのも聞こえない様な状態だった父(葛野麻呂)は、ふと見ると、薬子様を得て一子を儲けて幸せなはずの縄主様が、やけに青白く、精気の無いご様子なのが気に掛かりました。「よもや薬子は夏姫の再来ではあるまいな。」と今度こそ誰にも聞かれない様に心の中で思われたのです。夏姫とは昔の鄭(てい)(中国)の公女で、絶倫の為次々と夫が死んでしまうと云う有名な姫様でした。「まさかな。」と父(葛野麻呂)は自問自答している内に、友人の宗成様が一言、
「まことに父上の様で御座います。若いのに頼もしきお方。」
と言って、会議はお開きなったのでした。宗成様は中肉中背で、仲成様と同じく良く言えば貴公子然としていましたが、悪く言えばやはり運動は苦手らしく、時々小ずるそうな薄笑いを浮かべておりました。
 こうして会議がお開きになった後、祖父(小黒麻呂)は密かに行表法師様を呼び出されて相談事をされたのです。行表法師様は痩せこけておられましたが、鍛え上げられた四肢はまるで鋼の様でした。また、まったく手入れをされていない見事な顎鬚を蓄えています。
「行表法師様、一別以来で御座います。実は行表様をお呼びしましたのは、これだけの用事では無いのです。」
 行表法師様は元々興福寺の僧だったので、藤原家の祖父とは顔見知りであり、愛弟子の最澄様と祖父が遠縁であることもご存知だったので、突然の相談にも親身に乗ってくれたのでした。
「聞いた所によりますと、行表様のお弟子の賢心様は、坂上田村麻呂様の御自宅を寺にされたとか、まことに御座いますか。」
「ふむ、良く存じておるな。いや賢心は直接の弟子では無くてな、昔音羽山で、拙僧と同じ山岳修行者の中に熱心に修行している僧がおると聞いてな。その褒美に拙僧がかの僧に神秘体験を味合わせてやったことがあったのじゃ。その僧がどうしておるか気になってな、ずっとその後の行動を追っておったのじゃ。」
「それでお願いなのですが、坂上田村麻呂はこの度蝦夷征伐を仰せ付かったのです。蝦夷征伐と言えば、我ら秦氏との因縁も有り、その昔私自身も征伐を行なったことが有ったのです。しかし経験が無い所為で、満足な結果も得られぬままその仕事を終えてしまったと云う苦い経験が御座いました。その後何度となく征伐は行われておりますが、芳しい結果は得られておりませぬ。私は私が生の有る内に、何としてもこの心残りを何とかしたいのです。それに種継暗殺の黒幕と目される佐伯一族は蝦夷であると同時に、実行犯の牡鹿木積麿も蝦夷の出身で、言ってみれば蝦夷は種継の仇でもあります。因みに、我らが推す最澄様の好敵手と見做される真魚とか云う後継者候補は佐伯の出で、蝦夷と繋がる血筋でもあります。そこで行表様、我らが唐よりお連れした亡き道?(どうせん)法師様の弟子でも有り、私とは最澄のことでも御縁の有る御坊に頼みたいのですが、我ら共通の敵に立ち向かう田村麻呂の軍師となって、蝦夷征伐が成功するようお助け下さらんか。御坊が素晴らしき知恵者であり、山岳修行師者として武芸者でもあることは隠れ無きこと、是非ともお願いしたい。」
「ふーむ。今後最澄の力となって下さる小黒麻呂様の頼みと云うのなら、どこまで田村麻呂様の力になれるかは分りませぬが、やってみましょう。」
「有難う御座います。有難う御座います。」
とそう言って、祖父は何度も行表法師様の手を取ってお礼の言葉を述べたのでした。祖父は次章で詳しく述べます様に、この時、やはり蝦夷討伐に失敗した征東大使の中衛(ちゅうえ)中将紀古佐美様を詰問した後で、自らのくやしさが再び込み上げていたのです。