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一縷の望(秦氏遣唐使物語)

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と自らの無実を兄に訴え続け、謹慎場所の乙訓寺(おとくにでら)で何も召しあがらないと云う行動に出られました。結局淡路へと配流される途中、河内国高瀬橋付近で衰弱して亡くなられると云う結果に終わったのです。前後の関係から考えて、早良親王様はまったく無実とは思えないのですが、もしかしたら憤死した後のことを考えての行動だったのかもしれません。何故なら、淡路にはあの不破内親王が流されていたからでありました。早良親王様の御遺体はうつぼ船に入れられ、淡路へと流されたのです。それを受け取った不破内親王は、
「早良親王様、さぞや無念でしたでしょう。後は私にお任せあれ。」
と言って配流所に籠り、何やら祈り始めたのでありました。 
 なお陛下は、種継様が暗殺された年(延暦四年)の十一月十日とその二年後の十一月五日のお礼参りの時の二回、陛下の母親の百済系氏族の高野新笠大夫人様の実家のある、亡き種継様との思い出も深い交野(かたの)の柏(かしわ)原(ばら)におきまして、奇妙な祭を行ったのです。奇妙と言うのは、四足の獣を食することを禁じて久しいのにも関わらず、牛の生贄を捧げるその祭自体のやり方にもあるのですが、数年後延暦十年、陛下は民が同様の祭を行うことを禁じているからなのです。陛下は内密にされてますが、この祭、弥勒の祭において祈願したのは、寵臣の種継様を暗殺した者達を皆成敗することであり、延暦六年の十月に早良親王様が衰弱死なさったことによりそれが達成されたものとして、お礼参りがなされた様なのです。因みに陛下と種継様で分け合った兄弟鷹の伯(はく)夷(い)と叔(しゅく)斉(せい)が、老齢な事も有ったでしょうが、あの暗殺以来二匹とも餌を食べなくなって死んでしまったのでした。陛下はこの折、二匹を思い出深いこの地に埋め、その供養がなされたのです。またこの奇妙な祭は、実は秦氏の祀る弥勒菩薩様に祈願する時の独特なやり方として伝わるものなのでした。思えばかつて陛下が幼少の砌(みぎり)、葛野の亡き秦朝元様の屋敷で種継様とこの牛を生贄にする祭を何度も経験されていたのです。だからこそ、この祭が獣肉食を禁じる法令違反であると共に、仏教に反する異教の祭であることを誰よりも理解している陛下は、種継暗殺の下手人を捕まえることは祈っても、これを押し広める気には全くなれなかったのでした。それは自身が推し進めている密教が、実は仏教とは何の関わりの無いものであることが、知れてしまうのを恐れてのことだったのかもしれません。いずれにしろこの事は、既に陛下が良くも悪しくも秦氏に強い影響を受けていたことを意味するのではないでしょうか。
 不破内親王が操る早良親王様の怨霊の威力は、誠に凄まじいものでした。まず陛下(桓武天皇)の長男で、早良親王様に代わる新皇太子・安殿親王様の原因不明の発病に始まり、夫人藤原旅子様(三〇歳・式家百川の子)、藤原南家の実力者右大臣藤原是公(これきみ)様(六二歳)・陛下の母上の高野新笠(たかのにいがさ)様(七〇歳)と皇后の藤原乙牟漏(おとむろ)様(三一歳)の突然の病死と相次ぎ、さらに日照りによる飢饉・疫病の大流行が起こり、長岡新都の洪水・伊勢神宮の放火による被害に見舞われたのです。藤原是公様は、真魚様が奈良の田村第にいらした時、世話になったお方でした。また皇后の乙牟漏様には、この時高志内親王様と云う乳呑児と神野親王(後の嵯峨天皇)様と云う幼児がいらっしゃり、夫である陛下はその子達の面倒をどうしたら良いかほとほとお困りになってしまったのです。これを好機と捉えた私の父小黒麻呂は舅の太秦宅守様と相談し、宅守様の孫娘の一人浜刀自女様が若くして夫と逃げられて幼子を抱えているので丁度良いと云うこととなり、その乳母とすることとしたのでした。浜刀自女様は秦氏の女としては珍しく父親に似て小柄で太って牛の様な顔をした方でしたが、子供を一人育てている所為か、子育てはお手の物です。要するに厳しい時は厳しく、優しい時は心憎い程優しくて、そのお陰で二人のお子様は浜刀自女様を実の母の様に慕うと共に、申し分の無い性格に成長されたのでした。これを年齢(とし)の離れた兄である安殿親王(後の平城天皇)様と比べるとはっきり分かるのですが、お二人の性格の差は、素晴らしい乳母に育てられたかどうかに原因があるとしか思えないのです。例えば浜刀自女様の教育振りは、こんな風でありました。
「ぼん、ぼんはこの浜が何としても立派なこの国の天皇(すめらみこと)さんにして見せますどす。」
「浜、私は次男故、その可能性は低いと思うぞ。」
「あかん、そないな年齢(とし)で先を見通した様なことを仰る必要はありまへん。この先の長い人生、何が有るかなど分からぬものどす。」
「それはそうだが…。それより浜、私は浜に甘えたいのだ。日頃から妹(高志内親王)がうらやましくてならぬ。一度で良い。浜の胸を吸わせてくれぬか。」
「良うおます、ぼん。さあ遠慮無う吸っておくれやす。」
「浜、本当か。」
と言ってまだ幼い神野親王様は、浜刀自女様の胸に飛び込まれたのでした。
「可愛いわてのぼん。その代わり浜にぎょうさん甘えられたら、学問や鍛錬に励むのどす。ただどうせ天皇さんにお成りになるなら、秦氏の理想とする転輪聖王(てんりんじょうおう)さんになりなはれ。」
「転輪聖王とは何か?」
「良いでっか、ぼん。この世の者は全て仏さんの元に平等なのでおます。分かりまっか?」
「私と浜もか?」
「へえ、永遠に不変なる仏さんを信じはる時、人は皆平等となるのでおます。転輪聖王さんは、永遠に流転するこの世にあって、この世に降臨された仏さんをお守りし、この世に太平の世をもたらす王のことなのや。ぼんもどうせ天皇さんにお成りになるなら、そんな天皇さんに成るんどす。」
「私がその転輪聖王と成るのは分かったが、浜の話ではこの世に降臨した仏さんが居らねばならぬではないか。その仏さんとやらは誰のことなのだ? 父陛下の信奉する最澄のことなのか?」
「ちゃいまんがな、ぼん。最澄さんも偉い坊さんどすが、この世には最澄さんより遥かに尊い方が既に降臨しておます。ただその方は、未だ修行中で世に現れてはおまへんのや。ただぼんが転輪聖王さんになりはったら、その方は自然とぼんの前に現れっまっしゃろう。それを励みに今は気張りなはれ。」
「そうか、分かった。楽しみに待とう。浜。きっといつか浜を転輪聖王の天皇の乳母として見せる。そうだ、取りあえず浜に私の名と同じ「加美能」姓を与えよう、嬉しいか、浜。」
「ぼん、浜は嬉しゅうおます。」
と云う訳で浜刀自女様は「加美能(かみの)(神野)宿禰(すくね)」の姓を賜ったのでした。そしてその後も、長く神野親王様に仕えることとなるのです(混乱を避ける為、今後も太秦姓のまま)。それはともかく、ここに図らずも真魚様支持の皇族の後ろ盾が、密かに育っていたのでした。そしてそれはやがて、大輪の華を咲かせることとなるのです。
 また怨霊被害の対策として陛下は、病気が回復しない息子(安殿親王)を伊勢神宮参りに行かせたり、淡路に早良親王様の墓守を一戸置いたのでしたが、一向に病状は良くならず、陛下はたまらずこうお漏らしになったのです。