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一縷の望(秦氏遣唐使物語)

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「ど・な・た・で・す・か。」
「わては都の秦一族で、太秦宅守と申します。こっちはわての孫娘で浜刀自女。もう一度お聞きします。あんたはんの名は何と言いまっしゃろう?」
「わ・た・し・は、喜・娘・と・申・し・ま・す。父・は、日・本・の・名・族、藤・原・の・清・河・と・申・し・ま・す。」
「おぉ、清河様の嬢ちゃんでおますか、それにしてもあまり似てらっしゃいまへんな。母御似でおますか。」
「あ・の。」
「何や。」
「宅・守・様・は、朝・衡・様・や・吉・備・真・備・様・を・ご・存・知・で・は・あ・
り・ま・せ・ん・か。」
「あぁ知ってまんがな。わての父さんの同士でもあったし、個人的にもよお知ってま。」
「お、お。何・た・る・偶・然。朝・衡・様・達・の・お・仲・間・に・こ・ん・な・所・で・出・会・え・る・と・は。」
「そうか、あんたはんは秦の一味と何らかの係わりがあったんか。何やら事情がありそうやな。良ければ聞かせてくれへんか?」
「は・い、こ・こ・で・秦・氏・の・方・と・出・会・え・た・の・も・何・か・の・縁・で・す。こ・う・な・っ・た・ら・私・の・運・命・を・お・託・し・ま・す・の・で、何・も・か・も・お・話・し・致・し・ま・す。」
 それから喜娘様は、まず自分の本名が小真と云って亡き楊貴妃様と玄宗皇帝との最期の子であることを語り、それを始めとする自らの生い立ちその他を休み休み説明したのでし
た。宅守様はいちいぢ頷きながらその話をお聞きになり、全て聞き終わると、
「歩けまっしゃろか。」
と仰いました。それに対し喜娘様は、
「は・い、お・話・し・な・が・ら・食・事・も・い・た・だ・き、も・う・す・っ・か・り・良・く・な・り・ま・し・た。」
「そんならお役人さんが来る前にここを出まひょ。わてと共に来るんや。」
「わ・た・し・を・使・っ・て・何・か・を・す・る・お・積・り・な・ん・で・す・か?」
「そうどす。嫌でっしゃろか、一族の為どす。」
「い・え・わ・た・し・の・母・も・人・に・利・用・さ・れ・る・だ・け・の・一・生・だ・っ・た・そ・う・で・す。わ・た・し・の・よ・う・な・者・で・も・利・用・し・て・く・だ・さ・る・方・が・い・ら・っ・し・ゃ・る・な・ら、喜・ん・で・利・用・さ・れ・ま・し・ょ・う。」
「えぇ度胸や。今日からあんたはんはわての駒どす。ええでっしゃろな。」
「は・い。か・し・こ・ま・り・ま・し・た。」
 浜刀自女様は二人のやり取りを邪魔をしない様に黙って聞いておりましたが、話の結論を確かめると、歓声の声を挙げたのです。
「わあ、喜娘さん、うちにいらっしゃるのやね。」
 この時二人の話を浜刀自女様がどこまで理解出来ていたのかは分かりませんが、宅守様は孫娘の頭を優しく撫で、こう言ったのです。
「そうどす。このお姉さんは今日からうちの娘になるんや。」
 宅守様は、油谷の港から攫う様に自らの舘に連れて来た喜娘様を、まずは一族の男の中で一番有能の者と見合わせることと致しました。宅守様の眼に適ったのは、朝元様の血統である式家の藤原種継様でした。本人の器量が並外れていたことも勿論ですが、式家をこれまで牽引してきた良継様(宇合の次男)は宝亀八(七七七)年に亡くなられていますし、次に総領となるべき百川様(宇合の八男)も雷に当たって明日をも知れぬ命でしたので、次の式家を代表するのは、宇合様の孫達の中で一番年長でしかも切れ者と評判の高い種継様より他に見当たらない、と思えるからなのです。これで資金の豊富な我が太秦家と関係が出来れば、これから先政(まつりごと)を牛耳っていくのも容易いことと判断したのでした。また式家は、良継様、百川様が北家の永手様と共に陛下(光仁天皇)の擁立に尽力し、吉備真備様の推す候補を退けたのです。そんなことも有り、今式家の流れが盛り上がっていたのでした。
 ところで宅守様は、喜娘様の日本語が十分なものとなり、いよいよ行動を起こしても良い頃と思い、宅守様は折よく帰郷されていた種継様をお訪ねしたのでした。懐かしい朝元様の葛野(かたの)の広大な舘の中に通され、まず朝元様の妻だった梨花様にご挨拶申し上げたのです。梨花様は奥の間に臥せっておられ、傍らには長男の真成様が付き添っておりました。真成様は私より幾つか年上で、お子様も皆成人しておるのですが、未だ少年の様に若々しく彫の深い顔立ちをしていて、話によると背の高さは並ですが、母親の梨花様の病に冒される前の顔に良く似ていらっしゃるそうです。
「梨花さん、お久しゅうおます。」
 真成様は梨花様が起きるのを手助けし、かの女(ひと)は白髪で痘痕と皺だらけの顔をこちらに向け、ぎろりとにらんでからこう言ったのでした。
「本当に久しぶりだね。もうこっちのこと等忘れたのかと思っていたよ。」
 七五をとうに過ぎている梨花様ですが、足が萎えてしまったものの口はますます達者で、
若い頃の上品さなど想像もつかないのでありました。
「またまたご冗談ばっかりでんな。今日は確か種継様がいらっしゃっているとお聞きしたんどすが。」
「来とるよ。そろそろこちら(都)に呼び戻されそうな気配なんでね。その準備の為に近江から舞い戻ったそうだよ。」
「左様でおますか。おっ、これは種継さん、お寛ぎの所失礼致しま。」
 そう言っている所へ、当の本人の種継様か入って来たのでした。背後には、例によって従弟の菅継様が黙って張り付いております。
「なんだ、宅守様、急なお越しですな。魂胆が見え見えですぞ。」
「なんの、実は今日は内密のお話があって来たんどす。わての家まで御足労願えまっか。」
「それは良いが、そんなことなら使いでも寄越せば良かったのに。」
「いえ、大事なお話やさかい、間違いがあったら一大事でおますから。」
とその時、梨花様の大きな声が舘に響き渡ったのでした。
「何だい、お前達。来る早々内緒話かい。」
「いえ、いえ滅相もありまへん。ただ先日亡きお父さんの縁の長門まで行きましたんやが、手に入れましたものの中で、種継様のお気に入りになったものを選んで頂きたいと思いましたんや。全部は持って来れへんので、わての舘まで御足労願えないかとご相談に上がった次第なんどす。」
「そう云う訳でお婆上、ちょっと馬にて行って参ります。母(牡丹)には今日帰らないかもしれぬと言っておいて下され。菅継、参るぞ。」
「そうかい。なんのお構いも無く済まなんだねえ。」
「いえいえ、それではこれで。真成様もお邪魔様どした。」
「あぁ、またゆっくり会おう。」
と真成様は、何も疑わず仰ったのでした。
 三人が近くの太秦の舘に着くと、喜娘様が門の前で待っておりました。
「お帰りなさいませ。」
「話と云うのはこの娘のことなんどす。」
「これは何と言う。」
 四十路を過ぎた種継様でしたが、まだまだあちらの方は現役でいらっしやり、喜娘様の
異様な程強い色香に、早くも惑わされ始めたのでした。
「まっまあ中に入ってゆっくりお話し致しまひょ。」
「うっうむ。」
 舘の中に入り、腰掛けた途端に種継様は咳込む勢いで話し始められました。