一縷の望(秦氏遣唐使物語)
「何、牛の肉を食べるのか。いや私が身分が高かったら、とてもじゃないがそんな珍味は
味わえなかった。これは楽しみだ。」
今度は声変わりを迎えている種継の声が、こう答えている様でした。
「はい、祭の準備がなされる間、鷹の伯(はく)夷(い)と叔(しゅく)斉(せい)の餌付けでも致しましょう。」
伯夷は山部王様の、叔斉は種継の鷹の名なのです。伯夷は元々種継の物で、叔斉は菅嗣の物だったのですが、それを羨む皇子様の為に種継が献上し、それを見た菅継が大好きな従兄の為に、自分の鷹を譲ったのでした。因みに伯夷と叔斉は、大陸の殷末期の忠を通して共に餓死にした高名な兄弟の名なのです。仲の好い種継と菅継に因んで名付けられたのですが、山部王、種継の主従にも、誠に似つかわしい名と言えるのでした。二人は、鳥(と)狩(かり)(鷹狩)を通して変わらぬ主従関係を生涯通すのですから。
「義兄(あに)上、餌付けが済んだら四人で二組に分かれ、打毬(だきゅう)(今のホッケーの様なもの)を致しましょう。」
と最後に菅継の声が聞こえましたが、四人いる筈の少年達の内三人の声はそこまで聞こえたものの、それ以上は聞こえなくなってしまいました。つまり雄田麻呂青年の声だけは、いくら耳を澄ましても最後まで何も聞き取れ無かったのです。
こうして私は公務の休養中の間、山部王様の侍講の真似ごとをすることとなり、同年齢の種継と共に学問を教えることとなったのでした。因みに菅継はまだ幼い所為もありますが、あまり学問には興味を示さず、誘ったのですがどうしても机に付こうとはしませんでした。教えてみると、学問においては種継が、体術においては山部王様がいささか抜きん出ておりましたが、二人とも極めて優秀で、この方が天皇(すめらみこと)そして転輪聖王となって、種継がその側近となってくれたら、まるで古(いにしえ)の聖徳太子様と秦河勝様主従の様にどんなに素晴らしいかと思わずにはいられません。そして、山部王様のお供に必ず付いて来る雄田麻呂青年は、例えるなら蘇我毛人様の役割かとも思われるのでした。その思いはいつしか私一人のものではなくなり、やがて秦一族全体の願いへと変わって行くのです。
しばらくそんな平和な日々が続いていたのですが、休養も空しくいつしか私は本格的に病を得てしまい、床に臥す毎日が続いたので御座います。やがて命が危なくなってくると、周りに嶋麻呂の弔いの時の人々がそのまま集まり、さらに観音寺での戦に勝利した面々も帰って参りました。ただ肝心の吉備真備様だけは次の遣唐副使に任命されてしまい、赴任先の大宰府から出発する関係で同地を動けず、ここにはいらっしゃれません。色々伝えておきたいこともありましたのに、まことに心残りなことで御座いました。季節は秋になろうとしております。泰(たい)澄(ちょう)大和尚(だいおしょう)様は来て下さいましたので、私は枕元でかの僧には伝えるべきことだけは伝えておきたく思いました。
「泰澄大和尚様、私はもう駄目で御座います。」
「何を気弱なことを申されます。あなた様はまだ四五歳にもなってないでは御座いませぬ
か。気をしっかりお持ちなさいませ。」
「いや、これは私の遺言と思って聞いて下され。秦氏の束ねは宅守に託しまする。また、僧の束ねは良弁法師様がなさいましょう。しかし、我ら一味全体の束ねは、泰澄大和尚に
しか頼めません。どうか、せめて次の後継者が決まるまで、その役をやって下され。大和尚が引き受けてくれねば、安心して兜率天(あの世)には参れません。そして御坊が後継者を引き受けてくれたなら、どうか理想を求める秦氏同士で、相争う様な事の無きようにして下され。」
「不肖泰澄、謹んでお引き受け致す。」
「ああ、良かった。ついでにお願いがある。」
「何なりと申されよ。」
「私が死んだなら、遺骸は白山で火葬にして下され。最後の願いじゃ。」
「しかとお引き受け致した。ご安心召されよ。」
「有難い、有難い。嶋麻呂が先に行って待っていよう。あちらには行基様や牛麻呂様もおられよう。泰澄大和尚様、くれぐれも秦氏の一縷の望、途絶えぬ様にして下され。あぁ河勝様、済みませぬ。私は懸命に務めて参りましたが、仏陀である泰澄大和尚様の後継者も、転輪聖王に至っては欠片も見つかっておらぬまま、どうやらここまでの命の様なのです。」
ふと見ると枕元で妻の梨花が、涙を堪えながらじっとこちらを見ておりました。私は声が出ず、心の中でこう言ったのです。
『梨花、済まぬ。ずっと一緒だったお前とも、これでお別れの様だ。例え何年経とうと、兜卒天(天国)の入り口でお前が来るのを待っているぞ。秦氏の一縷の望みのこと、種継のこと、菅継のこと、宜しく頼むぞ。』
すると梨花は、聞こえぬはずの私の最後の頼みが聞こえているかの様に黙って頷いたのでした。
私のお話はここまでで御座います。
第二部 泰(たい)澄(ちょう)と真備(まきび)
第一章 阿倍仲麻呂
天の原振りさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも(阿倍仲麻呂作、古今集所収)
ご存知の方も多いかと思いますが、これは阿倍仲麻呂様がお詠みになった望郷の歌で、後に伝え聞いた歌に御座います。
申し遅れましたが、私は加賀国の白山の優婆塞で、名を泰澄(かつての法澄)と申します。秦朝元様からこのお話を引き継ぎ、命の続く限り語らして頂こうと存じます。なお以降のお話は、吉備真備(かつての下道真備(しもつみちまきび))様から後日伺ったものに御座います。
作品名:一縷の望(秦氏遣唐使物語) 作家名:斎藤豊