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三ツ葉亮佑
三ツ葉亮佑
novelistID. 46180
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ダンジョンインフラ! 序章〜第一章

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 そして、こんな河原をバイクで爆走するなんてどこのアホだと、怒り心頭で詰め寄ってみたバイカーが、彼女だったというわけだ。
 黒塗りのフルフェイスメットを脱いだ瞬間、その時の怒りが一瞬で消し飛んだ。
 女性をこんなにも神々しいと思った事はこの時初めてだった。
 俺が間抜けな顔で見ていると、最初こそ俺の怒りに怯えていたが、突如笑い出すアヤさん。
 なんだ、バカにしているのか!
 これだから顔が綺麗なだけの女は!
 ……と思った瞬間、頭にズシリとした感触が。
 そして首元にバリバリという、何かを引っ掻くような痛み。
 頭に引っ付いているものを取ってみると、案の定それは転移した野良猫だった——というのが、俺たちの出会い。
 それ以来、彼女とはこんな感じで交流が続いている。
 あの時と同じように、今日も全身のバイクスーツを着ている。胸の当たりが凄まじい質量を感じさせる。とても直視できたものではない。体のラインも妖艶としか言えない、まさに芸術的な曲線美を描いており、これもまた目のやり場に困ってしまう。
 そういえば、彼女が通る時間帯だったかと今更思い出す。
 倫姉ちゃんとの喧嘩のイライラでそんな事も忘れていた。
「ジン君、何しょぼくれてるの?」
 無防備な程に顔を近づけてくる彼女の、無垢な笑顔。
 相変わらずの無警戒にビックリする。
 俺がそこらへんの不良みたいな、狼みたいなヤツだったらどうするんだ。
 そんな度胸は持ち合わせてないけれどもね。
「あ、いや、あはは。ちょっとね……アヤさんは仕事帰りですか?」
「ううん、これから。でも時間があるからちょっとココに寄ろうと思ってね」
 というと、アヤさんは俺の横に座り、俺の頬に当てた缶ジュースを差し出してきた。
「はいコレ。当たりが出たからあげる」
「……相変わらず自販機の運はいいんですね」
「そう? ジン君もよく当たらない?」
「当たった事は無いですけどね。というか殆どの人は当たった事無いと思うんですけれども」
「へぇーそうなのかぁ」
「というかアヤさん、その話もう何回目?」
「あれぇ? 前にも話したっけ? あははまぁいいじゃんいいじゃん」
 といって、プルタブを開けてジュースを飲み出すアヤさん。
 ただジュースを飲んでいるだけでも、ここが絵画か、それとも映画のワンシーンになるほどに画が映える。彼女の美しさはハンパ無い。
 モデルや女優と言われても差し支えなさそうなその美貌。
 だが彼女はそんな華やかな世界とは無縁な、とても泥臭い職業に就いている。
 まさか彼女が、ダンジョンインフラの下請け事務所に勤めているとは誰も思わないだろう。
 先に説明した通り、ダンジョンインフラは一般的に迷宮専門の設備に対する保守保全を行なう会社を指す。トップに『上帝迷』、正式名称を『上扶桑帝国迷宮産業株式会社』がある。その傘下に無数の下請け会社があり、その倍以上の数の孫請け会社が存在する。
 聞く所によると彼女の会社は子会社であるそうだ。親会社の『上帝迷』の我がままを一身に受けて、毎回無茶な勤務をせざるを得ないという過酷な場所にいるらしい。
 聞いてみると労働基準法などあったものではない。
 本当に『上帝迷』の傘下の会社と疑うくらいだ。
 『上帝迷』といえば国からの依頼を受けて迷宮設備の保守保全を一手に受ける会社だ。その半官半民という立ち位置から社内のイメージにかなり過敏で、コンプライアンスや労働環境の良さなどは国内でトップレベルを維持している。
 誰もが入りたくなるホワイト企業。
 当然人気が出るわけで、毎年凄まじい倍率の求人で有名だ。
 だがその親会社の社員が楽をする為に、苦労する人達が当然出てくる。
 それが子会社。
 そして孫請け会社。
 上が下を酷使し、搾取して、もうけは全て吸い上げる。
 ノーと言えない環境を作り出し、無理をさせる異常事態がまかり通る。
 まったくもって、酷い世の中だと思う。
 そしてもっともクソッタレなのは、彼女のような美貌を無下にしてこき使う点だ。
 またしてもふつふつと怒りが湧いてきたが、忙しい中相手にしてくれる彼女に不快感を与えてはいけない。冷静さを取り戻す為に、深呼吸をした。
「? どうしたの深呼吸して?」
「あ、あはは、いや、その、ね。それよりその格好……今日はこれから勤務ですか?」
「うん。今日は夜勤があるからね」
「お仕事大変ですね。最近夜勤多くないですか? 繁忙期ですか?」
「いやぁそういうわけじゃないんだけどね。最近怪我して出られない人多くて。私が変わりに出なくちゃいけないんだ」
「怪我……ですか。そんな事あったら新聞沙汰じゃないんですか?」
「うーん、なんか社長なんかはあんまり言いふらすなって言ってるからね」
 なんだそりゃ。ブラックな上に隠蔽体質と来たか。
 本当に酷い業界だな。
 アニキが就職してよく愚痴をこぼしているけれども、いよいよあの業界もダメみたいだ。
「ま、危ない職業だからね。そんなのイチイチ気にしてたらやってられないんじゃない?」
 平然と言うアヤさん。アニキのように不満をぶちまける事無く、それどころか当然の事と言った様子だ。
「それはそうかもしれないけど……アヤさんまで怪我したら……」
「あっはっはっはっは」
 と、笑うアヤさん。
 そしてまた無防備に顔を近づけてくる。
 俺の目を覗くように見つめてくる。
 近い。
 本当に近い。
 何なの?
 俺の心臓を爆裂させたいのか?
「優しいんだねジン君。そんなんだったらお友達だって恋人だっていっぱいいるでしょ?」
 いや、皆無ですが。
「いいなぁジン君。頭もいいし、機転も効くし、優しいし。あたしは何も無いからねぇ……」
 といって呟くように言うと、顔を放して遠い目をするアヤさん。
 時々するこの顔は、高鳴る心臓を抉るような切なさがある。
 何が彼女をそうさせるのだろう?
 最初こそ、その過酷な労働環境を憂いているのかと思ったがそうではなさそうだ。
 むしろ、労働を楽しんでいるような様子も見える。
 なのに何故だろう。この切なさは。
 いつも聞きたくなるのだが、その切ない表情も美しい。
 情けない事に、見とれてしまって質問も何もかも飛んでしまうのだ。
「そッ」
 声が裏返る。
「そんな事は無いです! アヤさんは俺より少しだけ年が離れてるだけなのに、立派に仕事して! バイクだってカッコいいし、その、そそ」
 貴方は綺麗だし!
 なんて言えないヘタレが俺なんです。
 顔を真っ赤にして言う俺がおかしいのか、くすくすと笑うアヤさん。
「ジン君ってホンッと優しいね。そうやって他の女の子に良い顔してるのかな? やるね〜」
 いや、いつもしかめっ面で声かけられるどころか避けられますけど。
「まぁ女の子ひっかけるのも程々にね。じゃないとこのお姉さんみたいな人に斬られちゃうよ?」
 何故俺がプレイボーイみたいな印象を持たれているのか謎だ。
 当初からそんな感じだが俺には天然のジゴロのような空気でも醸し出しているのだろうか?
 それなら毎日が学園ラブコメの生活を送れるはずなのに——

 って。ん?
 ちょっと待てよ?
 今、彼女は「斬られる」って言ったか?