エイユウの話~狭間~
「誰だか知りませんが、俺の名前は違いますよ」
「ありゃ、人違いだったか」
サボり魔と間違えたわりには、あまりにも誠意のない回答だ。いや、彼の言いたい人物であることに変わりはないので、そこまでとやかくは言えないが。
俺はそいつに背を向けて歩き出した。そこにまた、後ろから声がかかる。
「どこ行くんだ?」
「あんたのいない場所。一人が好きなもんでね」
一瞥して答えてから、また歩き出そうとする。と、持ち上げた足が上がらずに見事に転んだ。目の前が緑色に染まり、倒れたと同時に芝がぶわっと舞う。
思い切り顔面をぶつけたじゃねぇか、このやろう。
倒れた状態のまま足を見ると、いつ来たのか先輩に脚を掴まれていた。俺が倒れたのと同時に彼もまた上体が左に傾いていて、長い髪が乱れ、一部は顔を覆っていた。もうホラー映画のように見える。髪をそのままだが、その奥から真面目な瞳がのぞいていた。
「今の顔はよくないな」
「は?なんの品定めだよ」
演劇でもやるのかと、ふと思った。それならこいつの髪が長いのもわかる。きっとこいつは女形をしているに違いない。きっと化粧だってほとんどいらないだろう。むしろ地でいける。もし彼がヒーローなら、とんだ茶番だ。どっちにしろ、俺は演劇に参加するのはおろか、興味すらなかった。
俺の脚を離さずに、先輩はまじまじと見てくる。思わず身を硬くした。正直怖いだろう、この状況は。構わず彼は、一人で妙に納得する。
作品名:エイユウの話~狭間~ 作家名:神田 諷