エイユウの話~狭間~
「アウレリアさん!」
いきなり名前を呼ばれて、私は心臓が飛び上がりました。振り返ると、そこには今日護衛してくれるはずだった準導師の方が立っていました。見つかってしまったわけです。しかしそれを好機と、その方に尋ねてみました。
「あの、あの人・・・」
「あの人?」と準導師の方が私の指差すほうを見ました。導師でも把握できていない数いる生徒の名前を、準導師の方が知っている可能性はほとんどありませんでした。特に他専攻の生徒の名前なんて、確率としてはゼロに近いものです。でも、金髪という特徴を持つ彼なら、覚えていても不思議はありません。予想通り、準導師の方は、不思議そうな顔で聞き返してきました。
「魔禍の喚使(まか・の・かんし)が、何か?」
「魔禍の喚使・・・。あの、なんてお名前なんですか?」
「それは解りませんが、キース、と呼ばれているのは何度か」
キースさん。その情報だけで私には充分でした。私はその名前を頭でくり返しながら、もう一度彼を見ました。彼が放つ悠然とした雰囲気に、私は堪らなく憧れました。一人でいるのに寂しそうでなく、なんとも有意義にその空間を楽しんでいるその姿に。そしてこれが、私の片思いの始まりでした。
それから私は昼休みに、何度も中庭に行きました。たまにいない日もありましたが、それでも彼は大抵寝ていました。一度だけ見た瞳は湖面のように透き通った碧色で、私は吸い込まれるようにその瞳を見つめてしまいました。
授業をサボれば、もっと長く彼を見ていられるとは解っていました。だって昼休みの初めに毎回寝ているのですから、その前からきっと寝ているに違いありません。
でも、それは駄目な気がしました。私は劣等生なのです。最下術師なのです。それで授業までサボってしまっては、私はこれ以上なく堕落してしまうように思えたのです。ただただ劣等生といじめられているだけでは、彼から離れてしまう気がしてなりませんでした。私は、彼にすがるように、授業に出続けました。
私に昼前の授業が終わったら、すぐに中庭に行くという習慣ができました。
作品名:エイユウの話~狭間~ 作家名:神田 諷