クロス 完全版
グラント将軍の言葉を待っていたかのように、シュミット少尉が茶封筒を差し出す。アレックスは礼を言って受け取り、中に目を通した。クロスは二日間で二人殺していた。一人目は用心棒のミハイル・カチンスキーで、現場は南はずれのヨーマン通り。二人目はホランド郡を牛耳るマフィアの首領(ドン)ロゴス・エルナンデスお抱えのガンマン、ディエゴ・ラモスで、同じく南はずれのテーラー通りで殺されていた。
「ロゴスは黙っていないでしょうね」
「あぁ。今日五百万バックスの報奨金を懸けたそうだ」
「やはり。私もそれを狙うコトにします」
「どうするんだね」
「私の噂を流して頂けませんか」
「クロスを呼び込むのかね。危険だぞ」
「百も承知です。将軍も早く解決なさりたいでしょう」
「いいだろう。情報局員を使って『神足(しんそく)のガンマン』アレックス・ウィンタースの名を流させよう」
「あとクロスの人相書きを配るのは待っていただけませんか」
「そうだな。他の連中を危険に晒してしまうからな」
「お願いいたします」
「では美味しい紅茶とスコーンをありがとう。武運を」
「ありがとうございます」
「久し振りに『神足のガンマン』を見れるかと思うとわくわくするわ」
「そうですか。鈍(なま)っていないといいのですが」
「あぁ、一つ頼みが」
「はい、なんでしょうか」
「クロスを必ず生け捕りにしてくれ」
「裁判にかけたいのですね。分かりました」
「では失礼する」
グラント将軍は立ち上がり、ドアへ向かった。シュミット少尉は一礼してからついていき、帰りもレーマンに挨拶をした。レーマンは軍からもマフィアからも一目置かれていた。何故だかは分からないが。
一方ビリーは心配していた。自らクロスを呼び込むなんて、親分はどうかしていると。
その後アレックスはロゴスの屋敷に向かった。南はずれの高級住宅が立ち並ぶフォレスト通りにそれはあった。一等大きく堅牢な洋館がそうだ。監視カメラの前でインターホンを押し、名前を告げると鉄製の門扉が開いた。フットパスを通って玄関に着き、扉を叩く。中からボディガードが出てきてボディチェックを受ける。それからロゴスの部屋へと案内された。ボディガードがドアをノックし、アレックスが来たコトを告げると中から返事があった。ロゴスが紫檀の机で紫煙を燻らせていた。ソファに座った瞬間、ボディガードはアレックスの背後に立った。
「ラモスの件聞いたよ」
「そうか」
「五百万バックス懸けたそうだな」
「あぁ。お前も乗るか」
「できればそうしたい」
「構わん。オレもお前がついてくれると心強い」
「そうか。じゃあ、そういうコトでよろしく頼む」
「用件はそれだけか」
「あぁ」
「生け捕りにしたらオレに連絡をくれ。奴の顔が見てみたい」
「分かった。そうする」
「じゃあな」
アレックスはまたボディガードに伴われて屋敷を出た。準備は万端だ。後はクロスが引っかかってくれるのを待つだけだ。
その頃ビリーはアレックスに頼まれておつかいに出ていた。銃のメンテナンスをしてもらうため、メタル・ストリートの小さな工房ロンバート・ガンスミスにやって来た。扉を開けるとガンオイルのにおいが漂ってきた。
「すみません。ロンバートさん、いらっしゃいますか」
奥で声がして初老の男が現れた。ここの主、クリストファー・ロンバートだ。
「ビリーか。久し振りだな。メンテナンスかい?」
「はい、お願いします」
「見せておくれ」
ビリーが木箱を取り出して開くと、ビロードに包まれた銀製のリボルバーが現れた。銃床にはドラゴンの彫り物がしてある。アレックスが特殊部隊にいた時、褒賞として受けたフォア・ローゼスだ。
ロンバートは受け取ると分解して掃除し、組み立て直した。最後にガンオイルを塗り、試射をしに奥に消えた。「試射します」と大きな声がして、銃声が何発か聞こえてきた。
「上々だわい」
戻ってくるとロンバートはそう言った。ビリーは礼を言い、代金を支払って工房を出た。
その日からアレックスは銃を腰に下げ、毎晩ディータに通った。自警団と他愛もない会話をしながら、クロスが引っかかるのを待っていた。一方ビリーはヨハンと頻繁に連絡を取り、用心棒の間でアレックスの噂が流れていないかチェックしていた。
幾日かしてマリアから連絡が入った。なんでもグラント将軍から、ここ数日事件は起きていないから安心しろと言われたそうだ。マリアはグラント夫人と親交があり、たびたび将軍が花を買いにやって来るのだ。ビリーがアレックスに伝えると、安堵の表情を浮かべた。
「また今晩もディータですか」
「あぁ。自警団と話してくる」
「気を付けてくださいよ。クロスが親分の首を狙っているんですから」
「分かってるよ」
振り切るようにアレックスは出ていった。途中ロンの部屋により、今のところ事件は起きていないと伝えた。
「危ない橋渡ってんだろ」
「さてね。ロンは何も考えずに私に任せておいてくれればいいんだよ」
「分かってるよ。気を付けてな」
にやりと笑いながらありがとうと言い、ドアを閉めるとディータに向かった。
ビリーはヨハンからの定時連絡を待っていた。
「オレ、ヨハン」
ヨハンの声は興奮していた。
「今日はどうですか」
「ビッグニュースだぜ。連中に『神足のガンマン』アレックス・ウィンタースについて聞いてきた奴がいたってさ。なんでも黒ずくめの長身の男で、見るからに怪しかったって。『神足のガンマン』って何か分からないけど、アレックス・ウィンタースを知らない奴はいないっての」
ヨハンは早口で捲し立てた。
「それでどうされたんですか」
「南に住んでる奴だって答えたら去っていったって」
「そうですか。ありがとうございます。情報料は後程お渡しに伺いますよ」
「あぁ、待ってるよ」
遂に引っかかった。ビリーは急いでディータに電話をかけ、アレックスに伝えた。
次の日、アレックスはディータには行かず、暗い夜道を選んで歩いていた。事件のあったヨーマン通りで自警団と遭遇し、一人が声を掛けてきた。
「おい、アレックス。お前何かやらかしたか。変な奴がお前のコト聞いてきたぞ」
「なんだって」
「『神足のガンマン』アレックス・ウィンタースを知らないかってさ」
「そうか」
「なんだか知らねぇけどよ。どんな奴かって聞くから答えといたぜ」
「男にしか見えない栗色の髪をした奴ってさ」
自警団は馬鹿笑いをした。
「黒ずくめの長身の男だったよなぁ、おい」
「変な奴は変な奴を呼び寄せるんだなぁ」
笑いながら一団は去っていった。近い、そう思った。
次の日もアレックスは暗い夜道を歩いていた。ビリーは心配そうに送り出した。早く安心させねばと逸る気持ちを抑え切れなかった。
クロスは今どこにいるのだろう。そんなコトを考えながら歩いているとヨーカス通りに出た。角に大きな棺桶屋があるので、アレックスが「棺桶ストリート」と呼んでいる通りだ。ふと足を止めてここでクロスを待つコトにする。なんだか絶好の場所に思えたからだ。