クロス 完全版
クロスにするには理由(わけ)がある。
軍人になるというコトは、その身も心も全て帝国に捧げるというコトだ。ひいては神に仕えるというコトになる。たとえ元軍人であろうと、その心構えは変えるべきではない。
誤解のないように先に言っておくが、これは驕りではない。軍人とは神の眷属で、代行者なのだ。だからその行いには必ず印(しるし)がある。それが神の御業と分かるように。
クロスとは十字架。つまりはそういうコトだ。
もう一つ挙げるとすれば、この早撃ちだ。軍人時代、誰もこれに対抗できる者はいなかった。これに関して欲しい物は全て手にした。そうしたら途端に虚しくなった。それこそが存在意義だったというのにだ。いわゆる好敵手には出会えなかったというコトが、測る物差しを失わせ、目標すらも見失わせた。だから軍を飛び出したのだ。外にはきっと凄い奴がいると思ったから。
早いかどうかを知る最も簡単な方法として、決闘を選んだ。それで負けて死ぬのは惜しくもない。むしろ本望だ。何せ存在意義なのだから。出会えたコトに感謝しなければならない。身の程を知るというコトは素晴らしいコトなのだから。
だがしかし今のところそんな奴はおらず、全勝だ。どいつもこいつも大したコトがない。哀しい現実と言うべきかね。
ただ単に銃を持っているだけ、などという戯言があっていいのだろうか。そこには意味があるはずだ。そのために努力し、向上心を持つのではないのか。
それはさておき、だからこそそいつ等をクロスにするのだ。いわゆる敗者に憐みをってやつだ。
そういうわけで休養はもう十分だ。今宵もオレは十字を切る。
RAGE
クロスが再び凶行に出た。今度の被害者は飲み屋帰りの軍人、セシル・バーコフ一等兵だった。勧告を守って丸腰だったが、軍服を着ていたために狙われたようだった。
会議は荒れた。軍人が襲われたため軍が介入してきたのだ。情報局員のクリス・ヘンダーソンとジャック・オブライエンが会議に割って入ってきて一枚の紙を見せた。軍は戒厳令を出して捜査権の移譲を申し出てきたのだ。
一連の事件の資料は全て没収された。捜査員は怒声を上げたり落胆したりしていた。ロンも例外ではなかった。自分のヤマを取り上げられたのだ。椅子に踏ん反り返り、机を始終蹴っていた。
「カーター刑事、これで終わりなんでしょうか」
「係長がそう言ったろ。終わったんだよ!」
「でもクロスはまだ続ける気ですよ」
「あぁ、そうだろうよ。奴はやめねぇよ」
「極秘に捜査できないでしょうか」
ロンはやる気でいたので、デービス刑事の申し出は嬉しかった。だがもう次の仕事を割り振られてしまった以上、クロスに専念するコトは不可能だった。ロンはオール・トレード商会を思い浮かべていた。奴等ならなんとかしてくれるかもしれない。
「行くぞ」
「どこへですか」
「オール・トレード商会だ」
ロンとデービス刑事はオール・トレード商会のリビングにいた。ビリーが出した紅茶とスコーンをご馳走になりながら、ロンは一連の事件を順を追って説明した。五件の事件、クロスなる人物、軍の介入、洗いざらい話した。アレックスは大人しく聞いていた。事態は思ったよりややこしくなっているようだ。
「で、どうしてほしいんだ」
「奴を捕まえてもらいたい」
「だが奴は神出鬼没なんだろう。軍も介入してるし」
「だからこそなんだ。軍に知り合いいるんだろう。なんとかできねぇか」
「なんとかって。情報局に知り合いはいるが、情報を引き出せるかは分からんぞ」
「奴はまだまだ殺る気だ。なんとか終わらせねぇと立つ瀬がねぇよ」
「タダでは安請け合いできないヤマだぞ。ややこしいコトになっているんだから」
「オレの金でディータの酒、全部飲んでくれても構わねぇから。頼む。この通りだ」
「私からもお願いします、ウィンタースさん」
アレックスはため息をついた。最初は手放しで喜んでいたが、思ったより難事件なので二の足を踏んでしまう。だがロンの頼みだ。今後のコトを考えて、受けるよりしようがない。
「分かった。その代わり今後この件には一切関わるな。私が独自でやらせてもらう」
「分かった。恩に着るぜ」
そう言うと二人は席を立とうとした。
「何か忘れてないか」
「なんだ」
「前金だよ、前金」
「あぁ、そうか。じゃあ、これで」
ロンは一万バックス紙幣を一枚差し出したが、アレックスはもっと要求した。仕方なく更に二枚差し出す。おかげで財布は空になったがアレックスは納得し、帰ってもいいと言った。
DON’T STOP
その後すぐにアレックスは軍に電話をかけた。交換台が出る。
「はい、ホランド郡軍交換台です」
「軍司令部をお願いします」
「お名前をお願いいたします」
「アレックス・ウィンタース元特殊部隊大佐です」
「それでは認識コードをお願いいたします」
「アルファ、タンゴ、ブラボー、ブラボー、エコー、パパ、オメガ、ワン」
「確認致しますので少々お待ちください」
少し間があって、カタカタとキーボードを打つ音がした。
「認識致しました。司令部へおつなぎいたします」
程なくして司令部の交換台が出る。
「はい、軍司令部です」
「情報局局長グラント将軍をお願いします」
「ご用件はなんでしょうか」
「クロスについて話したいコトがあります」
「お名前と認識コードをもう一度おっしゃってください」
アレックスはうんざりしながらも言う通りにした。
「少々お待ちください」
今度は何分も待たされた。これだから軍に電話をするのは嫌なのだ。外部回線の取次は優先順位が低いため、待たされるコトが多いのだ。
「久し振りだな、アレックス」
「御無沙汰しております、グラント将軍」
「クロスについてはヘンダーソン中尉とオブライエン少尉に一任しておるのだがね」
「申し訳ありません、将軍。どうしても将軍にお話ししたくて」
「どうしたのかね」
「自警団の件については御存じですか」
「あぁ、用心棒とガンマンが結成しておるらしいな」
「私のところにクロスについて依頼がありまして、私も単独で動こうかと思っているのです」
「それで私にどうしろと言うんだね」
「情報を流してほしいのです」
「これはまた随分だな」
「お願いできませんか」
「そうだな。お前の頼みだからどうにかしてやりたいのだが……。どうだ? 三日後に会わんかね」
「構いません」
「ではこちらから向かうとする」
「お待ちしております」
それから二日間、アレックスはディータに通い、自警団から情報を集めようとしたが空振りに終わった。ただ軍人が巡回で店に来るというだけだった。ビリーも情報屋を回ったが、軍人が目につくとしか聞かなかった。
約束の日、洋館の前に軍用車が停まり、アレックスの元上官グラント将軍がシュミット少尉を伴ってやって来た。二人はまず家主のレーマンに挨拶をしてから五〇二号室を訪れた。ビリーがリビングに案内し、すぐに紅茶とスコーンを用意する。
「最新情報をお聞かせ願えますか」
「あぁ。この書類がそうだ」